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 こういうことって…
 あんまりですね。同じ関西人としては恥ずかしいですね。見て見ぬ振りはできないです。一度ありましたが、駅の構内で車いすの人がエレベーターのボタンを押せなくて困っていた時のこと、一緒にエレベーターに乗って目的の場所まで付いていったりのことはする。もちろん蛮勇は駄目であるが、携帯でもいいから警察を呼ぶのが筋でしょう。これを肝に銘じておきたい。
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 もうすっかり鷹の爪団に影響されてますね。あのシュールさは大好きです。とまあ、軽口もこのへんで…
友人と共に高校に行ってきました。母校の図書館は年中通い詰めたものです。あそこの本をホラー文庫と早川書房でうめられなかったのは心残りですが…(おいおい)。久々に図書館の司書さんとおしゃべりをしに行ったのですが、う〜む私はやはり変人と思われているようです。ということで、自分を考察してみようかと。

尊敬する人 河合隼雄 森毅 佐藤勝彦 池内了 小柴昌俊 秋山仁 小林朋道 寺田寅彦 南方熊楠

好きな音楽 レスピーギ ドビュッシーの曲 牧神の午後 ショスタコビッチの『革命』 久保田利伸 槇原敬之 BUMP OF CHICKEN アジカン くるり 霜月はるか 坂本龍一

好きな本 多過ぎるが挙げていくと… ホットゾーン 黒い家 悪魔の手毬唄 ウは宇宙のウ 何かが道をやってくる 西の魔女が死んだ 鬼面の研究 狐笛のかなた 玩具修理者 夜市 ハーモニー 夜は短し歩けよ乙女 有頂天家族 荘子 その他いろいろ

好きなキャラクター リラックマ 花村紅緒 菱沼聖子 超人ロック 戦場ヶ原ひたぎ 金田一耕助 (それ以外はう〜ん 多すぎて書けないな)

好きな食べ物 ホルモン 魚はひかりもの 紅茶 野菜全般(生のトマトだけ無理)梨 ジンジャーエール 梅昆布茶 コーヒー まあ、母さんの手作りなら何でも好きですが…

好きな芸術 マグリット クレー ルドン ジャン・オーギュスト・ドミニク

好きなものでこれですか 嫌いなものはかなりえぐく書くので控えますが、結構雑多ですね。自分を構成しているものの一端を整理できた気がします。取り敢えず今日はここで筆を置きましょう。
 今時ではないかもしれない。スターダストレビューとか真心ブラザーズとかがわりかし好きだ。下手とかうまいとか関係なく何か心に惹かれるものがあるのかもしれない。真心ブラザーズは世界不思議発見のエンディングテーマソングになった「I'm in love」がキッカケだった。熱狂とまではいかないまでも、好きであることは間違いない。
 歌はメッセージである。それこそ心揺さぶるようなものもあるだろう。だからこそ、いかにも薄いというかチャラいとでもいうのか、アイドルが歌う歌は鼻につく。好きな人はいるだろう。韓流もそうだし、決して否定はしない。でも、本当にそれは熱がこもっているのか?口先ばかりではないのか?そういう気分にさせられる歌が多い気がしてならない。まあ、だからといってスターダストレビューを薦めたりはしないが…。
 正直なところメディアの偏った放送には飽き飽きしている。韓流、エグザイル、AKB48などチャンネルをまわせば必ずと言っていい程見る顔。まったくもってうんざりだ。こういうわけで、あまりテレビは見なくなった。アイドルの押し売りは断固断る。
 最後に、真心ブラザーズの名曲『空にまいあがれ』の一番気に入った一節を紹介する。
「たいしたことなどないのさ やりやすことからすこしずつ たいした人などいないのさ 僕はここにいるよ」
 本日本屋に行ってきました。あまり最近本屋に行く機会がなかったのですが、久々に行くとだいぶ変わっていますね。乱読が趣味ですが結構ジャンルは偏っているものだと分かる人もいると思いますが、それはその人にとって好みの内容とか文体とかがあるわけです。それにうまく合致するといろんなものを読んでしまう。まあ、そんな感じです。大学生になって小説を読む機会が少なくなり、(専門書が難しくてそっちに時間を取られていました)ひさびさに店員さんのオススメとかを見る限りつまらないものばかり…。装丁が気になるものとかはあまりなく、萌えを重視したものとかが並び味気なく、心躍るものをあまり感じなかったです。装丁と言えば、上橋菜穂子さんの『精霊の守人』シリーズを思い出します。他には星新一とか筒井康隆とか…。まあ、昔の方が気に入っているということですかね?江戸川乱歩の『化人幻戯』とかは好きだったな…。
 さて小説ですが、最近の変遷を見ると東野圭吾や北村薫、道尾秀介や東川篤哉が流行か。私ミーハー嫌い、アイドル嫌いの偏屈さん。そろいも揃って、鬱になるような単調さ。『白夜行』を例に挙げますが、あれは結局主人公は何をしたかったのでしょう。全体的に鬱にしかならないのは何も残さないですね。村上春樹も『ノルウェイの森』で、あんな女の子を描くとはどういう精神をしているのでしょうか?たぶんメディアに繋がれているのでしょう。好みはあるとは理解しているのですがね…。
 自分が本当に面白いと思ったのはたくさんあります。例えば、有名なシャクルトン隊の話や梨木香歩さんのような話もあるわけです。小説を読むとは、美しいものも醜いものも同時に併せ持っていて、飲み込まれないよう踏ん張ることが必要だと思っています。そういうわけで、何も残さなかった小説家たちは、あくまで表現だけであって、大切なものが抜け落ちていると思っています。
 現代人は心にゆとりがない!!
いきなりですいません。でも、あくせく何かをするというのはどうかと苦言を呈したいのです。あくまで、だらだらなので、趣味もしません。勉強もなにもかもしないで、ぽーっと空を眺めたり、庭の花にこころ移したり、とにかく何もしないことをだらだらとします。いつか本格的にしたいことでもあります。
 だいたい、人間は楽をするために機械を作ってきたというのに過去の人達に比べて生き急いでいるのはどうしてでしょうか?
 歩いているときに、ふと花が目に留まっておもわず駆け寄ってみたり、となりで聞こえるピアノの調べにこころおどったりする余裕はあるはずです。それなのに、みんなしんどいと言いながらあくせくすることを好んでいるのは、みんな自分をいじめるのが好きなのでしょうか?多少そう言うことが必要にせよ、たまの休日に自然に心躍らせることはなぜしないのでしょうか?
 こういった考えは、内に老人を飼っているようなものでしょう。そうです、私は自分の中に老人と少年がいます。この2つは老荘思想を表しているものと考えていますが、続きは次回ですね。
 管理人は親に勉強するなら…ということでバイトを止められているのです。まあ、それは院試で工学ではなく理学を目指すために勉強時間をおろそかにしないためなのですが如何せん、来年の新入生歓迎会でいるわけです。お金が。
とすると出費が痛いです。頭悩ましています。こういうお金については、きっちりと考えて使うように心がけているのですが、今年は不明というのが嫌ですね。これこそ、老荘思想のようにいけばいいのですがね。
 SFが曖昧になりつつある。思えば昔のSFといえばジュールベルヌだった。漫画でいうと松本零士とか萩尾望都とかが挙げられる。今でも続いているなかでSFと思うのは聖悠紀の『超人ロック』シリーズだ。それが、だんだんとライトノベルによって浸食されている気がする。ちがう。こんなのSFじゃない。言ってもいいのは冲方さんとかぐらいなだけ。やっぱり早川さんでしょう。それが最近早川のコーナーが縮小化されている。すごく悲しい。
 ここは1つ考えを改めるべきじゃないか。残念なことに、今時の一般書は夢がない。石原慎太郎だって残念な小説家でしょう?あれが到底面白いと思えない。心を撃つ本が欲しい。そういう本と巡り会うのは人と同じだろう。今でもすごく面白いと思ったのが、アメリカのレイブラッドベリ、ホラーの名手のスティーブンキングの息子のジョーヒル。
日本だと新井素子に籘真千歳に小林泰三。このSFに巡り会えたのはすごく良かった。来年の新入生で読書家でSFが分かる人が来たらいいな。
 昨今、注目を浴びる橋下市長の発言。今朝の日経にも記載されていたが、どうやら大阪は留年制度を実施するつもりのようだ。これは義務教育である小中学校の生徒で、成績が芳しくないものを落とすというまんまのことだが、とうとう橋下はおかしくなったものと思われる。
 まず、大前提として教育とは水のように絶えず変化するもので、それに合わせようといろいろと変えていくものである。しかし、結局は自分で勉強するというスタンスを学べば、生徒個人が後々勉強するのだ。だから、学校はそういった生徒の勉強を始める契機付けをする役割だとよい。マンツーマンだとかえって助長するだけなのだ。ところが、大学を見ててもそうなのだが大学がスクール化している。ちゃんと出席しないと単位はあげないぞという状態だ。京大の単位は空から降ってくるではないが、勉強というものは強制されて行うものではない。
 一見私の主張からは、留年制度は悪くないように捉えることは出来るかもしれない。しかし、留年したからといって何かいい方向に行くわけでもない。結局、勉強をやらされているになるのだ。
 エリートは勝手に育つ。これは森毅の言葉だ。その通り、エリートとは純粋培養ではないのだ。枠に収まるような学校の授業ではエリートは育たない。非常識なこと、ありえないことに当たっても対応できる。これがエリート。今の人は、物知りがエリートと勘違いしている。だから、高校生クイズであれだけもてはやされるのだ。
 本当にできるためには臨機応変に対応できることが必要。理系とか文系とかの枠に囚われないこと。これが本当のエリート。湯川さんとか寺田寅彦とかがエリート。橋下はただのエラい人。天と地程の差があるよ。
 猫とは不思議な生き物。絶妙な距離を保つ。人と人との関係もこううまくいくものではない。今もいろいろと種類があって、マンチカンやらマンクス、シャルトリュー、アメリカンショートヘアー、アビシニアン、スコティッシュなど多彩だ。犬はわりかし知っているかもしれないが、猫となるとアメショーを知っているぐらいだろう。
 
 ずいぶん前の日経の記事に坂東眞砂子だったか有名な作家がコラムを載せていた。猫は去勢させないでいたらしい。当然子どもを産む。そして、育てられないから崖に落として捨てていたという話を書いていたことがあった。こんな日に下らないことだと思われるかもしれないが、本当に猫のことを思うなら去勢手術は受けさせておくべきだ。こんな風なことをする前に。生き物を飼うということはどういうことかもう一度考えてみるべきだろう。
 芥川賞に直木賞。文学と言えばこの2つの賞は注目される。
昨今の注目は、芥川賞の二人だろう。何かとメディアにも取り上げられる。円城塔は知っていて、伊藤計劃について集められた本にもたびたび出ていた。一方は、全くしらない。
今週の日経に書評も出ていたし、紹介文もあった。しかし、どちらも分かりにくい紹介で、何が面白いのか全く伝わってこなかった。
 ひどいのは豊崎由美。この人はこう書いていた。
「頭も心も柔軟な読者なら、たとえ仕掛けが十分に理解できなくても、これが銀製の網でできた小さな捕虫網のように完璧に美しい小説だということだけはわかるはず。」
 何様なのでしょうかねえ。こういうことで、本の書評を書くというのはあまりにも理解できない。ようは、馬鹿には理解できないでしょと言っているようなもの。
 管理人は前々から、本の批評について書いていましたがここでもう一度いいますと、分かるように書かないといけないです。ようは面白かったよというわけですから。自分は出来ているのかというと怪しいというのは自覚しています。ここでその練習をしているわけです。ですから、思い上がり甚だしいこういった紹介文は心底反吐が出る程嫌いなのです。
 メディアの取り上げ方もさることながら、こういった書評しか書けないような人というのも嫌ですね。楽しみながら読んでいる人、ファンの人を不愉快にすることを分かっているのでしょうか?
 rewriteの絵を担当した樋上いたる先生の絵を模写してみました。まあ、模写とはいえ著作物ですから載せませんが…。
話変わりまして、数学の位相空間について
集合の要素=恒星
集合=銀河
位相=銀河団
こんな感じを意識するとわかるかなと思います。位相=トポロジーなんですが、とにかく、この数学は難しい。理解が難しい。さて、春休みまでに理解できるかな…。
 先日、ドイツ語の授業中だったかドイツ出身の先生が「ドストエフスキー知ってますか」という質問をしてみんな知らないと答えた。まさに受験戦争の弊害だ。ここまで本を読まないなんて…ありえない。カラマーゾフがあれだけブームになったのに。
 というわけで教養問題を作ってみました。チャレンジしてみてください。解答は後日また載せます。
教養問題1
教養問題2
教養問題3
今日の日経の本紹介にSF好きが少ないと東浩紀が書いていた。そんなことはないですよとここで書いておく。昔のSFといえばジュールベルヌから始まり、レイ・ブラッドベリに筒井康隆、アーサー・C・クラークとかハインラインにポール・アンダースン、光瀬龍のような古い作家や、最近だと伊藤計劃に冲方丁、新井素子のようにわりかしハードなSFを書く人もいたり、川原礫や籘真千歳のようなライトノベルSF作家もいる。ただ最近のSFの風潮として、ライトノベルが何でもかんでもSFというのには賛同できないし、生理的に受け付けない。何よりも恋愛を描くのに突拍子もないアイディアをだしたライトノベルがSFと言われたりするからだ。伊藤計劃の『虐殺器官』とライトノベルとでは大きな隔たりがあると読めば分かるだろう。
 私だって母親に比べればSF歴は少ない。(少なくとも母親のSFに関する情熱は足下にも及ばないと感じている)でも、読書歴は同世代に比べると多い方だと自負している。絵本とかも好きで『さよなきどり』とか児童文学の『モンテ・クリスト伯』に『ドラキュラ』、『十五少年漂流記』も読んでいた。SF好きの片鱗はこの辺りからでしょうね。そして高校時代でホラーに目覚めると……。
 いやホラーはいいのですよ。小林泰三の『玩具修理者』とか『ΑΩ』とか『天体の回転について』『忌憶』とか面白いですよ。人に勧める者じゃないのですがね。はい。
だんだんと趣旨が違う気がする。取り敢えずこのまま小林泰三のホラー万歳と書くか…。

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両者違いすぎるだろ====
 湯川先生は子どもの頃、漢文を素読していたのは有名な話。そして、荘子をよく読んでいたと言われている。親は、荘子は勧めていないらしいが。
 高校のころ繰り返し読んでいたのは寺田寅彦のエッセイと荘子だ。(小説はあるがそれは無しで)
寺田寅彦のエッセイのお気に入りは『科学者とあたま』である。科学者になるためにどのようなスタンスであったらよいか寺田の目線で書かれていることにすごく感銘を覚えて繰り返し読んでいる。何より池内了先生の本の紹介が引き金だった。
荘子は、多分森毅のエッセイのように人生の教科書という位置づけかもしれない。無為自然なのだが、それでは荘子を知っているとは到底思えない。まさに、道の境地が分かるようになるには、分かった気になるのは危険なのだから。
以指喩指之非指、不若以非指喩指之非指也、以馬喩馬之非馬、不若以非馬喩馬之非馬也、天地一指也、萬物一馬也、道行之而成、物謂之而然、惡乎然、然於然、惡乎不然、不然於不然、惡乎可、可乎可、惡乎不可、不可乎不可、物固有所然、物固有所可、無物不然、無物不可、故為是挙莛与楹、厲与西施、怪奇奇怪、道通為一、其分也成也、其成也毀也、凡物無成与毀復通為一、唯達者知通為一、為是不用而寓諸庸、庸也者用也、用也者通也、通也者得也、適得而幾矣、因是已、已而不知其然、謂之道
『荘子 岩波文庫 内篇 斉物論篇 四 P.57より抜粋』
たぶんこの意味を橋下市長は知らないのでしょうな。文化も知らないで生きてきて本当に可哀想だと思う。橋下さん。クラシックも、絵画も、文学も…。
 このブログのリンクに猫にまつわるものが2つある。私信とは、ネットで注目を浴びたまるくんのブログである。
もう1つは、行きつけの猫カフェのブログである。
 昨日は橋下行政に怒りを覚えた(大学は大阪なので無関心を装うことはできない)が、今回はこの猫カフェのブログにあったことに怒りを覚えた。何故行政はこのような判断をくだしたのか。まったく理解に苦しむ。
 動物のストレスがどうのこうの言う前に、一休さんの絵をアライグマが破くような、責任を持って動物を飼わない人達をどうにかすべきでしょう。とにかく、人が今おかしい。永井豪の漫画に親がいきなり自分の子どもを殺していくという話があったが、今の世の中こんなのじゃないけど頭の栓が抜けている人が多いと感じるのは強ち間違いじゃないかもしれない。
 本当に自分の都合なんですね。役人の人って。あいかわらず野田も妄言を吐き続けているし、この国の上に立っている人の脳味噌はぐじゅぐじゅに溶けているのじゃないのかしら。
 猫カフェのことよりも、養育費を支払わない親をどうにかすべきだ。それこそ罰則ものでしょう。日本が法治国家?そんなはずがない。 
 潔く荘子のように俗世から断ち切ったらいいのかな?
 三月の中旬から忙しくなります。新しい学生が入ってきますからね、手続きとかそのあたりが大変です。今年は、出来る限り部活の過度な勧誘は避けてもらいたいものですね。あそこに人が溜まると邪魔でしかたがない。専ら工学部の教育棟でします。今年は私も前に出て、手続きをするので少し緊張したり…?まあ、何事もcharengeです。
 私の通う大学はある意味受け皿なので、結構こんなはずじゃなかったという感じの人がいます。でも、あまりふてくされてもしょうがないですよ。言ったら悪いですが、大概の人はまだ見えていないと思います。自分のしたいことが。
人生は迷った方がいいんです。だから、気負わないで入学してください。第一志望に受かったからといって、そこが本当にいきたかったとこなのかなんていうのは、ちゃんと人生を達観している人だけですから。あと一週間もないですが、受験生は前期試験を頑張ってください。試験は水ものです。しかし、人事は尽くしてください。



さて、ここからは別のことを書きます。いよいよ橋下を選んでしまったことに後悔をしないといけないのかもしれませんね。いままでも、北野高校優遇措置を取っていましたが完全なファシズムになりましたね。大阪の教育はいよいよ最悪なものになりつつあります。私は無関係ですよ。大阪に住んでいませんので。しかし、そうだとしても、こういう人が世の中台頭してくるようになったということに危惧しています。いつ、自分の番が回って来るか分かりませんからね。怖い怖い。それに、例の話は本当だったそうです。ぞっとしますね。つい先日みた『another 』で首に傘の先端が刺さって血が噴水のように出るものを見たのに、それよりも嫌な話です。紳介の騒動は去年も有ったのに…。
 やっぱり、自分でちゃんとおかしいなという認識は持つべきでしょう。いいのですか?このままで?分かっているんですか? これがおそらく日本の教育の所為なのかもしれませんね。本当に分かっている人は少ないのかもしれませんね。みんなマスコミに踊らされる人達。こういうことばっかりではいけませんね。ちゃんと頭を使いましょう。何が自分に取って大事なのか。人に依存する考えでは、結局馬鹿を見ますよ。
 心の師である森毅大先生と河合隼雄大先生はこのことどのように思うのか…。昨今の大学生にふさわしくないとちょっぴり考えつつ、今日はもう筆を置こう。
本の話書いてないな〜。
 高校生のころ数学の恩師は3人いる。そのうち二人は高校の先生である。なかなかお茶目な数学の教師で、ちゃんと叱ってくれる先生だった。ときどき、高校に足を運んだ際に話をすることはある。
もう一人は塾の先生だった。今も同じ塾に弟が通っていて、ときどき自分のことについてよく訪ねるらしい。一年間お世話になっただけなのに、二三年前の生徒をおぼえていてくれているのはうれしい。塾ではぱっとしないけれども、前の席に座って授業を聞いていた。懐かしいとおもう。その頃の数学のノートは今でも手元に残っている。
 いろいろ考えることが多い。まあそれはいいことだ。たまには休むことも必要だ。
 ということで、ボーっとしています。数学なんかを行き詰まったりするとよくやっています。人によってはゲームとか漫画とか音楽とかそういったものでという人もいると思いますが、敢えて山に登ってみるなんてどうだろう?
結構冬場にやっているんですよ。こうすると、解脱した気になるんで。心身ともに充実した生活を送る為に必要なデットクスみたいなものですかね。古くさいともいうけど…
 だいたいの人が物理を学ぶと勘違いするものだが、エネルギーは実在するということと熱は存在するということだ。
熱の方は無いとは言わないが、あくまでもミクロとマクロの視点から状態方程式を導いたことがある人は分かっていると思うが、粒子の運動エネルギーだということは忘れてはいけない。
そしてエネルギーは概念と言った方がいい。確かにあると、断言するのは非常に危うい。まあ、そう言うものを定義しておきましょうぐらいの認識とでもいうべきだろうか。
よく、文科系の人に何をやっているのか分からないと言われたりするが、人間が過程して作り上げたものだということさえ分かっておけば、物理は友達になれる。下手に考え込まないことだ。となりの友人をまじまじと疑おうものなら生きてはいかれまい。そういうものなのだ。

こんなことばかり書いても仕方が無いな。次回は森毅大先生を偲ぶか。
 何かの批評とはあまり意味をなさない。北村透谷を知っているならなおさらだ。それこそ自分の身を削って書くもの。そういう認識だ。なぜなら、読んだものにただただ批判を加えるのでは批評とは言わないからだ。批判?ただ書くだけならば不満を書き連ねただけだ。そこを理解しなくちゃいけない。先日、籘真先生の本の批評を加えている人がいた。笑っちゃう。本の中にたくさんの矛盾を考えている人は読みが浅いと言わざるおえない。筆者の意図がまるで伝わっていないからだ。元来書き言葉には矛盾がつきもの。それなのに、それに批判を加えているのは、お金を出した分だけのものが帰ってこなかったから不平不満を言っているもの。ちゃんと批評をするなら、ちゃんと読むように心がけては欲しい。しかも、読んだ本に偏りがある時点で、認識が甘いと思う。その理由は自分で考えて欲しい。答えをすぐに求めたがるのは現代人の証拠。頭を使え、頭を。
 アメリカの小説でいうと有名なのは『トムソーヤーの冒険』とかが挙げられる。今回は短編小説の名手、『悪魔の辞典』で有名なビアスの『アウル・クリーク鉄橋での出来事』について紹介する。

主人校はペイトン・ファーカー。彼は今まさに絞首刑にされそうになっている。これからどのように死んでしまうのかに想いを馳せている。そして、死刑が行われ、吊るされたときに運良く逃げ出すことが出来た。自分の家まで後少し。やった助かったというところでぶどう弾(大砲)によって首の骨が砕け絶命するという話だ。

怖いじゃないかという人は読むのをやめましょう。薦めません。面白そうと思った人は読んでみたください。主人公の心の動きが少ないページで表現されていることに驚く小説ですから。これを書いているまさに目の前で、もしドラの著者が目に映っているのが何とも不愉快ですが…。まあ、本は好きなように読むのがいいです。あくまで参考程度にで、悪しからず。
 熱力学というのは、マイクロな原子の運動を巨視的に解析する学問だということは高校の物理でも理解が出来る。
ようは、ニュートンの古典力学を数えきれない数の原子の運動エネルギーの総量を熱という風に考えているのだ。
巨視的目線で自然について考えるという手法はよく用いられる。実は管理人も高校生での研究は巨視的目線だったのだ。
話を戻そう。熱は次のように考えられる。
数多ある原子の一つ一つが持つ運動エネルギーの平均値
ここでよく文科系(私は理系文系という言葉は嫌い)のひとは熱というものの存在があると考えがちである。しかし、この熱というのはあくまで観念的に捉えているに過ぎない。熱なんて言うものは存在しないのだ。科学のあくまで一仮定でしかないのだ。
熱というのは連続性の産物だ。決してなくなったりはしない。
これを初心者の人は忘れないで欲しい。科学はきちんと理解をしなければいけないのだ。そうしなければ、マスコミに騙されるだけになるだろう。


それにしても最近の子どもは旬について知らなさすぎだ。イチゴは春が旬だと答えられない小学生がいることは実に嘆かわしい事態だ。
 
4%の宇宙 宇宙の96%を支配する“見えない物質”と“見えないエネルギー”の正体に迫る4%の宇宙 宇宙の96%を支配する“見えない物質”と“見えないエネルギー”の正体に迫る
(2011/08/10)
リチャード・パネク、Richard Panek 他

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今日はこの本を読んだんだ。久々の天文に関する話。ダークマターとかダークエネルギーがあるだろうと考えられるように至ったプロセスについて書いてあるものなんだ。如何に科学者が実験結果や理論に慎重でなくてはいけないかというのがよくわかって、勉強になったな〜。ただ、あまり天文に興味がない人だとオススメはしないです。


だって長くて辛いと思うんだもん。
 いよいよ明日が、試験最終日です。作図が最後の科目なのですが、陰影や図形の切断面、相貫といったものが分かりにくいですね。これも数学の一種なのですが…先生の説明が分かりにくすぎて何を書いているのか分からない始末です。仕方がないのですけどね。
 やってしまいましたよ。先週の航空航行力学に続いて、力学もやってしまいました。それ以外の英語とか数学とか材料力学などはできたのだが、GPAが心配。取り敢えず、一ヶ月経ったけど、今年の抱負は、成績優秀者を来年まで続けることですね。

独り言ようなことですが、ここで宣言しておくことで奮い立たせようということです。さーて。残りのテスト3つを頑張るか。
 ふとした疑問。経済学って何の役にたっているのかな?これは本当不思議。学問として。数学であって数学でないし、人の心理や世の中の流れと直結している。他の学問とは違うと思います。みんなはどんな認識なんでしょうか?
 『精神を養い、魂を養う養分を吸い取るためには、目が欠くべからざるものだ。目を持っていない者、見る能力、正しく見る能力をある程度持っていない者には、不完全な知性しかないだろう。』ーオディロン・ルドン『私自身に』より

有名なフランスの画家、ルドン。彼は黒の魔術師にふさわしい絵を書き続けた。
私が敬愛してやまない画家の絵を見て味わって欲しい。
目は奇妙な気球のように無限に向かう

有名な石版画『エドガー・ポーに』
プロフィール

水妖の音楽

Author:水妖の音楽
京都大好き大学生。
2009年 天文学会参加
2013年 サマーチャレンジ  
2015年 夏の学校
現在天文学を勉強中の大学院生
主にあわぎゃらくしーをやっていますが、銀河とつけばなんでも面白がります。
思想の根本は荘子であるため誰かしらに与することはしません。
身体論、哲学の類いの話も好きです。
趣味は読書とクラシックと絵画をみること山登り。
籘真千歳先生のファンです。
SFが特に好きです。森見登美彦さんも好きでサイン本を持つほど。ライトノベルは半分の月がのぼる空。ホラーなら玩具修理者。
クラシックはアリシア・デ・ラローチャやバーンスタイン、佐渡裕、カツァリス等が好み。
絵はマグリットやら、ルドン、川瀬巴水、ドミニク・アングル

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