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 今日はフランス料理を食べに行きました。京都の行きつけで何十年もの顔なじみ。すっかり顔を覚えられており、仲良く料理の話をしました。
前菜はホタテとトマトのサラダ。次に朝掘りタケノコとパプリカのムース。
次にサヤエンドウのポタージュ。
メインはスズキのアンチョビがけでそのしたりラタトゥユが添えられていました。
デザートはアールグレイのプディング。飲み物はコーヒーととても充実したメニューでした。

店名は敢えて書きません。内緒です。でも、おいしかったのは本当です。来年もまた来るでしょう。
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 掲示板を始めました。これはあくまで身内なのですが、どうしてもやりたい方は私に連絡をください。よく考えてパスを教えたいと思います。
そこはやはり、人間としての最低限の礼節は必要ですから。
 ツイッターのsizumeruteraとは沈める寺のこととはお気づきだろうか?
 ドビュッシーの2つの前奏曲に収録されているが、これが好きなのだ。ドビュッシーと言えば交響詩『海』とかのだめカンタービレでもしられた『牧神の午後への前奏曲』が有名。ほかには『月の光』はCMやトワイライトにも確か出ていた気がする。まあ、とにかく知られた人だ。
 およそ明治のあたりだったと思う。敬愛してやまないレスピーギは大正まで生き、マーラーもこのころだったはず。

 まあ、この人が好きな理由は母親のピアノ曲で練習が多かったのがこのドビュッシーとラフマニノフが多かったからだ。いわば耳なじみしていたのだ。クラシック好きであり、いまはまだその狂いではないけれどもいつかはそうなりたい。是非とも、クラシックをたしなんで欲しい。そういう想いではある。
沈める寺
上にURLをつけた。聞いて欲しい
4コマまで授業があったあと、自治会室にて明日の会議資料の印刷が終了。もうGWかと思うと早いですね。休みはあまりいらないけれど、勉強できる時間が欲しい。いまそう切に願っています。

こういうことを結構書き過ぎかと思う。けど、ここで書かないと忘れる。いわば自己暗示。

そういえば最近日本橋に行っていない。どうなっているのかな?一時期は結構行ってたけど、なかなかと機会を見いだせずにいる。

とにかく今の次期は忙しい。引き継ぎやら、大学祭やらで。上回生頑張って行きまひょ。
 これと言って特別なことはありません。自治会の仕事をこなしつつ、スマブラのキャラを出して行くだけです。
今やっている課題は微小重力における自由表面の平衡状態の物理というもので、めんどくさいです。曲率を積分し、¥になることを示したり、曲率についてみたりで大変です。そして、先生の説明もええかげん。大学はこういうaboutな側面を持つのでめんどいです。知らないことを平気で出すとか…。
 今日はいつもの1日を過ごしました。昨日の新歓が明けて、ようやく新学期というかんじです。
ということで頑張ろうかと思ったら、さっそくの課題が…。世の中ままなりません。忙しいな…。
明日は英語なので楽しみながらしたいですが、どうでしょう。課題が多いですね。まあ、気張って行きましょう。
 新入生歓迎会でした。雨の中ですよもちろん。今日来てくれた一回生の方に感謝です。

さて、その新歓の裏話。私は繊細な胃と腸を持っているため日頃あぶらものを取らないのですが、今日の昼は唐揚げだったのですがみごとに胃もたれ腹痛という2連鎖でした。まあ、仕方がないです。

 次回はちゃんと食べないようにします。これ、ほんとうにしんどいんだよ。

さて、今週一週間は勉強に充てます。頑張りますよ。
 さて、昨日の大栗裕のコンサートですが、二部構成でした。一部は、大栗裕が作曲家として活動するまではホルン奏者でしたので、ホルンの曲をメインにやっていました。
100人によるホルンの演奏。
2つのファンファーレ
交響管弦楽のための組曲『雲水讚』第1楽章より
自然における神の栄光(ベート−ヴェン)

続いて、大阪音楽大学OBのホルン・アンサンブル
ここは母親がなじみが深いところでして、いといろと演奏終了後に話を聞きました。
馬子唄による変奏曲又はホルン吹きの休日
なんでも、大栗仁は馬子の衣装を着てやったそうです。
関西学院大マンドリンクラブ
部歌
舞踊詩
やっぱりクラブをやっているだけありますね。私の大学のマンドリンクラブはポケモン(笑)を弾いているくらいですからね。
大阪市音楽団
吹奏楽のための小狂詩曲
吹奏楽のための神話〜天の岩戸の物語による
例の市長がうざったいですけど、やっぱりこの人達はレベルがすごい。指揮いらないような天の岩戸。CDみたいでした。


大栗裕 : 大阪俗謡による幻想曲、ヴァイオリン協奏曲 他大栗裕 : 大阪俗謡による幻想曲、ヴァイオリン協奏曲 他
(2002/05/01)
高木和弘

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続いて第二部は大阪フィルハーモーに交響楽団の演奏でした。
箏と管弦楽による六段の調
ファンファーレ大阪医学総会のために
日本万博博覧会EXPO'70讃歌
交響曲『大阪証券100年』より記念祝歌
ヴァイオリン協奏曲より第三楽章
大阪俗謡による幻想曲
琴奏者の人がうまかった。それはもうどえりゃぐらい。そして、それ以外の曲もいいがなによりもトリの曲が一番大好きな曲で、生演奏ということで鳥肌が立ちっぱなしでした。もう、これは言葉では言い表せないものです。CDで聞くのとやっぱり違いますね。こう、ぐっとくるものがあります。

というのが昨日の様子でした。結論。やっぱり大阪は音楽の都。水の都?はん。大阪市長の世迷い言など笑止千万。くだらないことに税金かけるなよ。英雄気取り。
 昨日はばたばたしていて更新が出来ませんでした。大栗先生の没30年のコンサートに行ってきたのです。
天井
会場
会場の様子です。取り敢えず、実際の演奏がどうだったかは、のちほどの方に詳しく書きます。
 ローゼンメイデンのようなとまではいかないまでもアンティークドールが欲しい。女の子の夢だよね…。
って、私は性別男の成人だよ。と自分につっこんでみます。さぶいですね…。実にさぶい。いいわけをすると、アンティークドールとかシルバニアファミリーではないですけど人形用の家というものに憧れます。アリエッティのようなあの家はすごく素敵だと思いませんか?
 アリエッティ
そのほかにもジオラマはすごく素敵なんですけどもなにぶん置く場所が無い('・ω・`)しょぼーん。

 このところ大忙しだ。ということであまり精神的な思索に耽れていない。こう、漢字で書くとなんだか変な感じがするけれどもそれは置いといて、まあ不健康にならない程度に頑張るかと思う。
 人間は2つの面から健康に気を配らないといけない。それは肉体と精神であるのはもちろん自明なことである。しかしながら、この2つは快楽に因ってないがしろにされやすい。ということでちゃんと気を配らないといけない。
 人間は自分の体は常々意識しない。誰が、一日中呼吸を意識するだろうか?それをしているのは病が発症している時だけである。人間は常に自分の存在を希薄化する。しかし、あくまで個人が感じるレベルで希薄化するのであって、他者から見れば強烈な人は強烈。自分がアフロだというのを忘れることはあっても、他人はアフロの人と認識してくれる。どうして、人は自分にまつわることは大概無関心になるのだろうか?
 AIがうまくいかないのはこの希薄化が無いからだと、ドレイファスが言った。正確なことではないが、私はこういう風に受け取ったものだと了承して欲しい。このロボッロに対する希薄化とは、世界と自分である。ロボットやAIは一対一対応で動いているが、これはすごく大変なこと。1つ部屋を出るごとに対応するものが変わる。これは、他でも一緒。外にでればそうだ。詳しくは、
あるいは脳の内に棲む僕の彼女あるいは脳の内に棲む僕の彼女
(2010/06)
松本 晶

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この本にも同じことが書いてある。亡き小松左京先生にご冥福お祈りします。
 最近やけに忙しくて(自業自得ですが)更新が出来ない状況に…。なんとかしたい。
さて、ブログで書けなくなったとはいえ他にもデバイスはある。ということでツイッターの告知。といっても既に貼っているから関係ないけどもね。見かけたら気軽にフォローしてください。呟くかもしれません。

 相対論の本がすごくムズイ。はあ、どうしよ。
 花壇
家の庭です。パンジーなどが咲き始めました。

大阪の桜は散り、京都の桜は散り始め。春も中頃ですかね。
 今期は物理祭りです。13科目中9科目が物理学。面白いことですね。友人は実験で忙しいと言っているのですが、物理学系は実験がないです。とても楽そうですが案外大変です。
 それと平行して昨日相対性理論の本を読んでいるのですが、何しろ難解。理解が追いつかない。どうするんだと言う感じです。まあ、いいのですけれどもね…。(^ω^)/
 今日の図書館から借りた本は

第2版 シュッツ 相対論入門 ハードカバー版第2版 シュッツ 相対論入門 ハードカバー版
(2010/12/01)
Bernard Schutz

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 相対性理論の本です。ち、違うよ。やくしまるえつこの相対性理論じゃないよ。アインシュタインだよ。
なんていうボケをかましつつ、この本の最初のページを読んだ瞬間。???何これ?わけ分かんない?
ということになりました。いやー入門とかいいながら難しい。古典力学とは一線画していると思うわ。難しよ。
でもそれなりに読み応えはありそうです。暇つぶしにこれを読みます。
 今日は久々に時間をとって勉強できたです。しかし、カリキュラムの申請で先生の印が欲しいのに先生がいないという状況。どうにかしてよこれ…。
 今日は四コマまで授業。全てが物理科目。解析力学に力学演習、材料力学、電磁気学です。
月曜日も水曜日も忙しいのです。でもどこかでアルバイトしないといけないですねと思いつつです。

踏切

ここは自殺の名所になった有名な踏切です。しかしここは撮り鉄にとっては絶好のポイントなのです。深い意味はないです。はい。
 ドイツ語の中級編の先生が駄目だった。こちらは全く理解できない。生理的に受け付けない。そういう感じなので辛いわ。仕方がないけど、他の科目に当たるとしよう。
 ふう。
 今日は大変疲れました。仕事は学生団体に新入生を振り分けて、写真撮影をすること。
最悪なことに担当したところが学籍番号がばらばらで苦労しました。
明日から授業です。気力を振り絞って行きます。
 明日の大学のオリエンテーションにリーダーとして出ます。多分これをよんでいる人で同じ大学の人はいないはず?です。
 私の担当する学科は環境システムというカテゴリーなのだそうですが、ピンと来ない。それもそのはず。学長がとんでもなくぼんくらなものですから、ずるずるとカリキュラムも作れず苦しい日々でした。
 まあ、大変でした。このあとも大変ですが頑張ろうと思います。では。
 人は言葉を発する。そして、思考する。このことに何か特別な考えというのはないか?コミュニケーションはクジラでもイルカでも、猫でも犬でもある。しかし人間ほどに複雑で、多種多様なものは存在しない。そう私は捉えている。
 言葉は生き物と言う人もいるが、私は言霊信仰という方がよりしっくりくると思う。ようは、言葉は人の感情を意識にも無意識にも動かすのだ。それは、時に自制できないものとしても現れる。例えば、小説でいうとこの心と体が別々に働きかけている時だ。このようなことが書かれるのは実際にあるからだろう。
 伊藤計劃の『虐殺器官』にもでてくる虐殺の文法。これも一種の人間の深層心理に直接働きかけるものだ。そのため人間は、道徳や倫理の垣根を越えて殺し合うことになっている。果たしてこれが本当に起こりうることなのだろうか?
 既に人間は自己というのが曖昧になっている。池谷裕二先生の本にも書いてあるのだが、人間の意識というものは不透明なものである。例えば、右手を動かそうと自分が思ったその前に、体はその準備をしているからだ。ようは動かそうという意志は後付けなのだ。
 じゃあ、どうしてその準備をするのか。それこそ無意識に訊くしかない。意識では意志は否定されてしまった。答えはいまだに不明のまま。
 そういうことがあるから、虐殺の文法という話は机上の空論だと一笑にふすことはできない。言葉はもしかすると人間の深いところに作用しているのかもしれないのだから。
大阪市音 廃止
 
 これには怒りを覚えました。
橋下徹市長は市音楽団の団員について「音楽やってきた人が単純に事務職に配置転換なんて、市民に怒られますよ。世の中そんなに甘くない」と発言。
「分限(免職)になる前に自分たちでお客さんを探し、メシを食っていけばいい」と述べました。

それは配属替えはできない。でも、最後の文言には流石にキレました。何だと思っているのかと。巫山戯てるのかと。お前何様だと。はっきり言わせてもらおう、橋下お前こそ路頭に迷え。市民にあだなす政策をとり、反論すれば叩くだけ。勝てばただしいま間違いだといい加減わかれタコ。いや、日本で死ぬな、日本が汚れる。海外の海に投身自殺しろ。少ないカスカスの頭を爆発させろ。二度とメディアに顔をだすな。
 サクラ
月
 サクラと月、これに竹を加えることで私の理想の景色が…。
お酒がのみたいな。
 数日ばたばたしています。自分のこと以外にもすることがあるから。
さて、昨日の本を読んでやはり友情について深く考えさせられた。人の関係って深遠。近ければいいものでもない。
たとえば、日本人にありがちなのは一致団結。和を乱すと排斥される。こういうのがある。でも、欧米ではそういう価値観ではない。どういう付き合いでいくのかそれこそ千差万別。考えねばー。
 昨日はすいません。一日でていたのと帰宅早々頭痛で瀕死でした。
 さて、友情とは何か。この時期になると考えます。新大学生の人は明日からが友達つくれるかどうかなんですよ。さくらまつりというのを催しているので。大変ですね。
 今読んでいる本はそういったことに関する本です。河合先生の『大人の友情』

大人の友情 (朝日文庫 か 23-8)大人の友情 (朝日文庫 か 23-8)
(2008/02/07)
河合 隼雄

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 友人ができないと嘆く。これはよく聞く話です。大学生は友人が簡単にできるものと考えています。そんなものでしょうか?私が浪人時代でも友人ができるには一ヶ月かかりました。そんなもんです。社交的な人ならできるかもしれませんが、私の場合そうではないです。口は達者ですが、初対面の人に馴れ馴れしくはできません。
 友情とは一体なんなのか。心理学者というより1人の人生の先達者としての考えが現れています。友人関係とは引っ付いては離れたりするもの。急ぐ必要はありません。自然と類は友を呼ぶのです。そして、バリエーションは豊か。好きな本の友人、アニメの友人、音楽の友人、物理の友人、クラシックの友人。そんな風に分かれるもの。まずは焦らないことです。人に触れ合う機会が増えれば自然と増えてきます。私はそういう感じでいいと思います。
 それよりも親友。そういった人はおそらく高校の友人が多いです。ただ、会いに行くのが簡単でない人もいるので何とも言えないですし、同じ土俵に立つまで顔を合わせないぞと決意している人もいます。こういう付き合い方もいいのでは?
 まあ、目下の重要なことは勉学なのでいいのですが、いつまでも初恋の人を引きずっているのもいかがなものかとは思っています。凄く一途なんです。ええ。だから、この人と決めたらそれ以外の女性には目が行きません。アイドルはもってのほか。(嫌悪の対象になることが多いので)当たってくだけろと言いますが、取り敢えず気持ちの整理を…。はあ、奥手ですね。へたれと言われても仕方がない。
 人の手によって生み出された物を”人工”とつける。SFではしばし出てくる話題だ。人の手が介在する物だろう。
 ここにきて何が書きたいかが分からなくなってしまった。実存とはなにか?生と死は何か?宇宙とは何か?いろんな解明不可能な話題が事欠かないのに、どうして理を詰めれば分かることを政治家という人種は理解できないのか?今なお愚行を犯し、そのみっともなさをさらし続けるか分からない。分からないだといけない。理解を拒絶する。これに尽きる。
 人間は愚かで救いようがないのものだ。簡単に人に感化され、嫌になったら感情で振り回す。そういうことが日常的だ。私はこういってはなんだか自分というものを分かった気にはなっていない。絶えず一人称が変化するのはそういうため。自己が定まっていないかのような錯覚に陥る。錯覚であればいい、錯覚であれば。でも、私のはどうも錯覚の域を超えているかのようだ。
 この苦しみは決して人には理解されない。実は、両親の喧嘩(といっても些細なことかもしれない)のとき母親の肩を持つ意識がある。これをマザコンと早々に決断する愚か者は朽ち果てるべきだと思うが、そういうわけではなくいろいろ判断末の結果そうなることが多い。しかし、中には母親の意見にも賛同しかねるのも確か。私のスタンスはどちらにも本来は与せずが正しいあり方。物事なんて、立場等が異なればよういに反対意見が出るものとおもっているからだ。ここで、錯覚が生じる。矛盾に感じてしまうのだ。しかし、人間は矛盾を受け入れる性質がある。だから受け入れられはするのだが、複雑に絡まり合い、そして心身に悪影響を及ぼす。
 さて、ここまできて私も何が言いたいか完全に分からなくなりつつある。でも、私としてもこの感情は受け入れよう。それが老荘思想なのだから。

 森毅のような考えを持ちたいのも確か。しかし、精神の早熟は時に厄介な物を置いて行く。
 その村は手手なし村と言います。この村の名称は定かではないのですが、ずいぶん前にこの近辺を通りがかったときにその村の出身と言うおばあさんにそう言われました。
 この近辺の風土を記述した書物によりますと、山崎の合戦で生き延びた明智光秀軍の兵士がここにやってきて村人に匿われたそうです。そうして何年も経って、秀吉の部下がこの地に訪れて言ったそうです。
「この土地に、反逆者はいないか?もし匿っているようならば、この土地をすべて焼き払うぞ」
 この土地のものはみんな優しかったのですが、流石に自分の命と引き換えにはできません。村人数名が鉈を持ち、匿った人の腕を落とし、斬り口を火で焼いて止血しその部下の前に差し出しました。
 当然、こういう仕打ちをされたものはありとあらゆる呪いの言葉を吐いていき、最後には村長に向かってこういいました。
「うぬらのことを信じていたのにこの仕打ち。如何にはらすべきか。この恨み末代まで祟ってやる」
 そういってその者は連れて行かれ、大阪にて処刑されたそうです。
 こういうことがあった翌年。とある村人が両腕をどこかに忘れたかのようにすっかりと無くなった姿で死んでいるのが発見されました。これを皮切りに、腕がない村人の死体がごろごろと出てきました。
 これはあのものの祟りだと恐れた人達は、残りの村人全員分のお地蔵様を作り、代わりにお地蔵様の腕が無くなることで災厄を防ぎました。
 これにて一応昔話はおしまいです。

 そういえば、あのおばあさんは村の方角を示すときに指差すことはしなかったな。腕のところがまるでないような…。
 誰かに見られている気がする。どうも落ち着かない。取り敢えず、手手なし村を出ることにしようか。



 後日、京都府のとある廃墟のラブホテルに腕なし死体が発見されたそうです。その死体はちょうど腕が鉈で落とされたかのようだったそうです。その人の手紙には先程の手記があったそうです。本当にその村はあるのでしょうか?地図にはそんな村はどこにもありません。もしかしたら…

 
プロフィール

水妖の音楽

Author:水妖の音楽
京都大好き大学生。
2009年 天文学会参加
2013年 サマーチャレンジ  
2015年 夏の学校
現在天文学を勉強中の大学院生
主にあわぎゃらくしーをやっていますが、銀河とつけばなんでも面白がります。
思想の根本は荘子であるため誰かしらに与することはしません。
身体論、哲学の類いの話も好きです。
趣味は読書とクラシックと絵画をみること山登り。
籘真千歳先生のファンです。
SFが特に好きです。森見登美彦さんも好きでサイン本を持つほど。ライトノベルは半分の月がのぼる空。ホラーなら玩具修理者。
クラシックはアリシア・デ・ラローチャやバーンスタイン、佐渡裕、カツァリス等が好み。
絵はマグリットやら、ルドン、川瀬巴水、ドミニク・アングル

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