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ブログ更新が滞り、何をしているのだという。
昨日から課題をやっているのですよ。
ハルナックの不等式とカラテオドリの不等式を証明しようと必死こき、非調和比と1次分数変換でこれでもかといためつけられて参っています。
いや、両親の結婚記念日は忘れずにちゃんとやりましたよ?
それでも、地獄。ああ。あしたはどうなるでしょうか?
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いやー飲みました。ビール500を3缶ほど。
えへへ。
まあ、新入生歓迎会が先生主催でありました。
転学科したので、いちおう顔出しということでいきました。
変人性をもっときわめていかんとなあ。
更新をサボりたいというか、書く内容がまとまりきれていないことが問題。
さて、OBのから叱責があった。これは非常に恥ずべきことであった。
まったく私の監督が行き届いていない所為だ。
とはいえ、私は聖徳太子ではない。自分の考えられる範囲は決まっているし(現に、頭のほとんどがTPPか自分の仕事の内容しかない。網羅して対応するのは無理だ)、勉強もいれたら全然追いつかない。
あげくに、家族の役割としての仕事(家事)もある。
すでに頭のなかはパンク状態かもしれない。でも、どうにかこなすしかないのだろうな…
ということを呟きつつ、更新をしている。

「橋下現象」徹底検証―さらば、虚構のトリック・スター「橋下現象」徹底検証―さらば、虚構のトリック・スター
(2012/12)
橋下現象研究会

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昨日はなぜかこれができなかったので再度ここに紹介する。
さて、本書の内容は別段橋下個人について書いてあるのではなく、橋下を標本として、欺瞞について考察した内容だ。
この本は、先生のところに紹介されていたのだが、橋下が行ってきた政策がどのような意味を持つのかをさまざまな視点から書かれている。なかなかに読みづらいが、勉強になった。
さて、この本を後輩に見られたがまあ問題意識としてはあがっていないようだ。(まあ、1つしたの子はどこかすれた考え方を持っているし、2つ下だとなかなかに分かりづらい)
新自由主義という、いわば壊すことに快感を覚えている人がおり、その特徴は競争原理に代表されるように、おおよそ安心、安全等とは無縁な政治思想である。
常々私が考えているのは幸福ではなく安心だと言ってはいるが、この新自由主義が求めることは豪華絢爛で彩られたいわば社会的勝者の幸福を見せることに腐心し、実体としては99%以上の人が搾取されるような状況だ。99%の人は税金やらで生きることも大変なことになる。そしてアメリカンドリームのように大金持ちという夢を見るのだ。
幸福を追求をすることは駄目とは言わない。しかし、全員が全員幸福を求める権利があるとはいえ、全員が全員上に上げた豪華絢爛な生活を味わえるわけではない。そこで、折り合いをつけそこそこの収入で安心に暮らすことだっていいだろう。いまや、そういう安心な生活を求めることは低俗とされ、隣の人と競争することを強要され、数値によって人を判別し、敵を作っては狭いコミュニティを作り、嘘をつき、クレームをばんばんとつけ、それが認められないと自由の侵害という。
完全に人間としての矜持は捨てたも同然だ。藤原先生の『国家の品格』を読めとは言わないが、せめてもの自分の品位を落とすような行為はやめるべきだ。そして、橋下現象とはそういうものを誘発していると考えられる。一方で、批判するものも己に存在する問題には意識がいかない。
この本で考えられることはいろいろとある。教育のことをいろいろと見てきたから、それ中心になりがちだが、大事なのは人と人との関わりだ。懐古主義ではないにせよ、昔のように隣の人との付き合いが大事だ。いまや、ネットがコミュとなり、仮想的な友人をつくり満足している。この社会の問題の端緒はまさしく情報化社会に移行したキッカケだろう。それでも国家としてなんとかできたのはたまたまである。この薄氷を踏むようなことをしていては、いつの日かそのまま深みにはまってしまうことは明白だ。
この本は問題提起をしてくれる。
何度も言うが、あなたは鞭でしばかれながら隣の人と競争することを強要され、心の自由も肉体の自由も奪われ不安でいっぱいなまま働かされるのがお好きか?マゾならば仕方がない。橋下現象を受け入れるしかない。
そうでないなら、もう一度考えて欲しい。安心できる社会とはなんたるかを。
いま、この本を読んでいる。
「橋下現象」徹底検証―さらば、虚構のトリック・スター

この本を読んでいる理由は、やはり無視できないからだろう。
明日これについていろいろと考察したことを書いてみようとおもう。
しばし待たれい。
といっても書くことはありません。
正確に言うと、何をかこうやら迷っています。
価値観の違いを思い知らされたこと?
価値観の押し付けほど意味はない。というか、他人と余計なストレスを生む。
例えば、私が好きな作家さん。森見登美彦の本が好きだとする。言い方はざっくばらんにいうと、ごっつおもろいやんこれだと言うことにしよう。しかし、その本をみて糞だという人もまたいるだろう。
現に村上春樹の思想は納得というか、尊敬はできるけども本は好きじゃないということを前々からは言っている。
しかし、その価値観は自分だけにしか有用ではないからこそ、他人がどう考えているのかに無粋な横やりを無意識に入れてしまう人がいる。
こういう人は例外なく、批判されたら批判仕返すし、何より視野が狭い。視野狭窄だと、やはりおおらかな対応はできない。
そうなると周りの人は面倒くさい。そういうときは、必ずしも取り合わないことだ。
話半分に聞く方がいい。とはいえ、私もそういう価値観はよくないよという意味を込めて、いろいろな考え方を示しているつもりだが、いかんせん言葉に無頓着なせいか、批判されている印象を与えているのかもしれない。
藤田紘一郎の著書、『脳はバカ、腸はかしこいー腸を鍛えたら、脳がよくなった』を読んだ。
まず、知らない人のための基礎知識。
藤田先生は寄生虫学者である。
もともとは医師だったが、寄生虫にはまって今に至る。
体にサナダムシを飼っており、名前まで付けている。(最近ではホマレちゃんと名付けていたらしい)
結構下ネタが多い。
『笑うカイチュウ』などの書籍を書いている。

ここまで書くと頭のおかしな人のように思えるが、この本で根幹にしていることは信用できると思う。
というのも、日本人は脳化傾向にあるからだ。
何事も脳味噌がよくなればよいと考えがちで、体を疎かにしていることに警鐘を鳴らしていると思われる。
脳科学でいろいろなことはわかっており、脳トレなども流行った時があった。今現在でも、ブームに比べては収束しているとはいえ、テレビでもそういう話題が尽きることはない。
しかし、人間は体を大事とする生物である。鷲田先生の話を度々書いているように、脳を刺激するのはいわゆる外部の器官であるからだがなければ行えない。見ることも、触ることも、嗅ぐことも、聴くこともすべては体を通して行われる。
現代人は身体を忘れてしまっている。それを思い出すキッカケとしてもこれはいい本だと思うのだが、いかんせん下ネタ満載の本は結構読むのがしんどいので、もう読むことはないだろう。
恐いもの見たさでどうぞ!

脳はバカ、腸はかしこい脳はバカ、腸はかしこい
(2012/10/20)
藤田 紘一郎

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明日も忙しそうなので、ここに今読んでいる本だけども貼付けようと…

ヒッグス粒子と宇宙創成 (日経プレミアシリーズ)ヒッグス粒子と宇宙創成 (日経プレミアシリーズ)
(2012/08/23)
竹内 薫

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リーマン予想は解決するのか?_絶対数学の戦略リーマン予想は解決するのか?_絶対数学の戦略
(2009/06/08)
黒川信重、小島寛之

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日本酒完全ガイド日本酒完全ガイド
(2011/11/11)
君嶋 哲至

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『大人のいない国』を読んだ。正確には昨日読んでいて、今日は綾辻行人のミステリーだったのだけれども。
著者は鷲田清一と内田樹だ。
またかという人はご勘弁を。どうしても偏りが出るのは仕方がないことなのです。
凝り性なもので。
日本という社会は、それこそ海外に比べて未成熟とも取られかねないような社会だ。
それは海外の文化を接ぎ木して作ったものであるから仕方がない。西田哲学があるだろと言っても、海外ほどには哲学が誕生していないのもそうだとしか言えない現状がある。
クラシックも同じで、作曲家で有名な人も海外が多い。おそらく、知っている人ならばそれなりの数を挙げられるかもしれないが(大栗先生とか)、一般になると武満徹が出るかでないかではないかと思う。
話が逸れたが、今の社会は妥協の効かない社会だ。若者も資本主義に毒されており、価値のないもの=ゴミとか軽蔑するものとある。
まあ、言いすぎだとは思うけども実情はこれに合っている。
消費者という立場に居直ってしまい、なかなかに生産者という立場にも立てない。
敷かれたレールに沿った生き方に慣れてしまった現代社会は、もはや破綻しかありえない。TPPのことにしてもそうだが、政治家が悪いと責めるだけでなく、そういう風に何も考えずに賛同してしまった人もまた同罪なのは一緒。
ようは、効率主義を非難し、思考停止状態に駄目出しをする。そして、子どもから大人になるということを自覚しなければならない。
サービスに乗っかり、不適格なことがあればクレームをつけるのではなく、自分でどうするのか、それを今日本は問われている。
無駄だからやらないとか、面倒だからしないは禁句。
そういうことを考えさせる本でした。

大人のいない国―成熟社会の未熟なあなた (ピンポイント選書)大人のいない国―成熟社会の未熟なあなた (ピンポイント選書)
(2008/10)
鷲田 清一、内田 樹 他

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ここ最近考えていることは、科学者としての思考と技術者についての思考はいかにあるべきかである。
コダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」を聴きながらこれを書いているが、まず問題提起になった本を紹介する。

科学者の責任科学者の責任
(2012/02/23)
村上 和雄

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元京都大学農学出身の生物系の先生で、筑波大学の名誉教授をしている先生の著は、これから科学者としての姿勢を問うものだった。
PHP研究所が発行しているものだが、これは東北大地震後を見据えている。
詳しくは本を読んでもらう方がいいが、ここで先生が言っている内容は「科学者たるもの真摯であれ」である。
ようは、科学技術というものが日本では盛んになっていたが、いつしか科学と技術は同じものとなり、本来はストッパーというか、役に立たないものを研究することを重きにおいていた科学が現代の超資本主義、価値主義によって変容し、本質を見失ったために、社会にこびることしかしなくなったために今回の事件を引き起こしたというものだ。
これはまぎれもないことで、関わりのない私も反省しなければならなかった。科学とは役に立たないものと言ってたのにである。
技術こそは実用に堪えうるものを作るものであり、科学は実用以前に仕組みを解明をすることを目的としていた。いつしか工学と理学が手を結んでいた。由々しきことだ。
私は根っからの科学者で、しかも理論派で天文というまさしく科学の看板を背負う立場を目指していた。しかし、まわりは役に立つかを求める。現に民主党のときの『2番じゃ駄目なのですか』という発言は、科学を知らない人の発言で、科学を実用に堪えうるものだと考えた人である。それは技術者の仕事で、スーパーパソコンを利用するのは理論だ。

さて、話がそれるので本題に戻るが、原子力に関してこういう記事もある。
福島:膨大な漏洩と放射能降下物は日々続いている
考えてみれば当たり前な話だ。放射能のことを何も知らない池田信夫という似非経済学者(こういう人種は、自分の言説に過剰な自身を持ち、省みることはない)は安全だというが、それがもたらされた情報について何も考えていない。
原子力は今も研究されており、人体の影響も未だ不明だ。しかし、いくつかの減少は分かっており、そこから推論される事柄を考えると、安全とは言い難いのだ。
また、原子力の原料となるウランを採掘する人のことも頭の中にはない。つまり、こういう科学にも疎い人は、全体を俯瞰することはしないというより、できないからせっかちに安全だとかいうのだ。
私としてはメガにズムも未だ不明で、正直人間が安全にあつかうという観点で見るとまだまだ難しいと思う。
それを社会と人間との関係の中でしっかりと言うのには勇気がいることだし、なによりまだまだひよっこだ。だけども、露骨に人々を煽るなんていうバカなことはしない。

もう一度いうが、まだ原子力については分かっていないのだ。あなたはわけの分からないものに命をかける自身はあるか?
私にはない。荘子の思想でもそうだが、むやみやたらと命を粗末に扱うとろくな目にあわないと忠告される。

科学者の卵として、今のテレビもそうだが簡単に信用しないで欲しい。そりゃろこつにテレビ反対とは言わないけども、おかしいのは明らかだ。TPPでもアメリカが言っていたはずなのに、そのアメリカ内部でも反対意見が現われた。いまこそ日本人も真の意味で大人にならないといけないのかもしれない。

明日はまた別の本を紹介するつもりだ。
それでは。
最近ビクトル・ハラという人を知った。
これは懇意にしているサイト(青空学園数学科)にあった。
この人物はチリの恐ろしい政治で犠牲になったといってもいいくらいだ。

真実をかたり、安心を求めようとした人々はかなしいことにさまざまな責め苦を受けた。
彼もその1人だ。
ただ、ピノチェトによって引き起こされた市民生活の略奪を歌にして表現した。それだけだ。
時に日本はとある売国奴集団が、米国の企業に自分の国を売り込もうとしている。
おまけに、今の学生には英語が必要だとすっからかんの脳味噌で考えた教育を実行しようとしている。
甚だ迷惑極まりない。

サッチャーが死んだが、彼女はピノチェトともお茶をしたらしい。そして、マンデラをテロリスト呼ばわりしたあの鉄の女はただ、入札制を用いた埋葬をするのがいいだろう。
私はサッチャーは嫌いだ。
傲慢な政治家は、やはり傲慢な行動しか取れないし、平気でピノチェトのような人物ともお茶できるのだろう。

あれだけヒットラーの話を非人道的にしていたのに、それと同じようなことをしている英米は狂気の沙汰ではない。
市民は使い捨ての駒なのだろうか。
困ったことだ。

今日の授業で下の学年の子に馴れ馴れしく声をかけられた。まあ、そこはいいとしても再履修でもないけども既に理解が済んでいる科目で寝ようとしたら起こされた。
余計なおせっかい焼きには困ったものだ。そして、こういう子に限っていいことしたと思ったりする。
考えすぎかもしれないけども、ただ不必要なおせっかいはやめてほしいな。
もうすでに終わっているけど、それでも二十四節気は日本人としては欠かせません。
桜も散り始め、檜もそろそろ終わりを告げると花粉症の症状も治まりますが同時に5月病というものがやってきます。
これは、自分にしかできないことを求めすぎた新入社員が味わう最初の苦痛でしょう。
すなわち、同じことの繰り返しに飽きるのでしょう。
同じく、大学の方でもダレ始めるのは5月。
さて、今年はどうなるでしょうか。
後輩は何人仕事熱心な子がいるのでしょうかね。
最近の子は辛抱してやるということがないからな。


イプシロン・デルタ論法 完全攻略イプシロン・デルタ論法 完全攻略
(2011/12/22)
原 惟行、松永 秀章 他

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数学で最初につまずく原因の1つ、εーδ論法を徹底解説した本。なかなかに面白いと思うよ。
大学初日。新入生のオリエンテーションがあり、私の所属している団体にもそれなりの人数の一回生が入ってきた。
それなりに大変だったし、よく働いたと思うけど休みが欲しい。
ということで麻雀したりしてました。
明日からは通常業務をこなすから許してね。
クラシックの醍醐味とは何か。

付加価値を重用するのは人間心理としては当たり前で、それがまずまずであってもその付加価値によって絶大な人気を誇る。ジャニーズもそうで、歌が下手でもそれにいるだけであたかもカッコいいと思われる。
同じく、容姿がいいピアニストもいる。それでテレビでちやほやされる。
それが悪いとは言わないが、ここで天才の大盤振る舞いは正直なところ唖然とする。

天才という物は呪われた称号にもなる。
たとえば、天才ピアニスト。あまりに早くからちやほやされるとコンサートにひっきりなしに出るかもしれない。もしかりにそうだとすると、お客様が喜ぶような選曲になりせっかくの天才的な技術が損なわれるかもしれない。
また、その周りからちやほやされると将来的にその重荷に耐えきれなくなって潰れてしまうかもしれない。
ある意味不幸だ。もしも、天才的な才能を見抜いた常識ある人なら上のようなことはさせない。しかし、何も分かっていない親だと、悪い言い方をすれば金づるとしか思っていなかったりするので最悪だ。

話が脱線したが、クラシックといえども技術で勝負ばかりではないのだ。だからこそ、芸術は良く注意しなければならない。しかし、子どものころから本物が分かっている子はこういうマスコミが売りたい物には反応せず、自分の感性に従うのだ。幼い頃から教養として身についていると、こうした感性が働いてうまいこといく。
クラシックの醍醐味はこの感性がものを言う。また、一朝一夕では身につかないからこそ教養はブルジョワジーとも取れる。

心震える音楽。人を揺さぶるような旋律はなかなか見つけられない。言葉ならすっと入ってくるけども、音楽は音とリズムだ。聞き慣れていないと音が持つ意味を理解できないし、最悪雑音と思われるかもしれない。まったく音楽に慣れ親しんできていない友人は、ポップスでさえも分からないといった。これはかなり意味深だ。彼女をとりまく環境に音楽がなかったことを示唆しているのだから。

クラシックの醍醐味は言葉では言い表せない。体に、細胞に刻み込まれた記憶というものが反応するからだ。だから追体験はできないし、同じ曲でも弾き手によっては感じ方も違う。それが顕著にわかるのがクラシックであり、文化を象徴するものである。

今はベルリオーズの『幻想交響曲』を聴いている。佐渡裕先生の指揮であっても、これをピアノで編曲し直した物でも聞き惚れる。これは私がいままで培ってきた教養だからこそ分かる話。
教養とはむつかしいもの。
それゆえに、教養人とはなかなかになりにくい。

ベルリオーズ:幻想交響曲ベルリオーズ:幻想交響曲
(2005/01/19)
佐渡裕

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今日は入学式でした。準備に追われ忙しい時間でしたが、暴風により大幅な時間短縮。結局なんだったのでしょう。
まあ、いいです。どうしようもないことなので。
ということを呟きつつ。今日読んだ本を…

銀河の世界 (岩波文庫)銀河の世界 (岩波文庫)
(1999/08/18)
ハッブル

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もう院試を見据えた受講申請を行っています。
自分のいるところの研究も決めないといけないのですが、自分がどうしたいのかはゆるゆると考えつつですね。
ここ最近はTPPやら、教育問題(いじめ、大学改革)、アラブの春の再考に、原子力、新しい法王についていろいろ調べたりして自分なりに考えてきました。

2ちゃんねるはわりかし見ない方なので、ちゃんとした経歴をもつブロガーさんを梯子しながらなのですが、日本の情勢は大変なことになっていますね。
とはいえ、あまりにも時事について書くとブログの主旨も分からなくなるので今日は天文について書こうと思います。

銀河という言葉を一般が意識し始めたのはおそらく島宇宙に関してもめていたときにハッブルが答えを示したころからでしょう。彼の逸話はすごいものもありますが、それよりも天文学で観測をバリバリと押し進めた鉄人として私は認識しています。
最近では銀河以上の物体が見つかったというはなしもありますが、その大きさは想像もつかないほどです。
まあ、いろいろな本に詳しく書かれているので書きません。
この銀河はどのように形成されているのかが私は知りたいのです。
もちろん、これがわかれば球状星団がどうしてそこに存在するのかも分かるのかもしれないからです。

なぜ、銀河にこれだけ魅了されるのでしょう。
思い至るのはやはり『銀河鉄道の夜』。
まるでダイヤモンドのような星々のきらめきを集める銀河は、あれだけ輝いていても星と星の間には人が想像もつかないほど大きな間があるということに驚きを隠せません。
銀河の形成にはまだまだダークマターなどの不明なものが存在します。
素粒子理論ではこの物質を探すことをしていますが、私たちはそれを元に理論を構築し、実際に銀河がどのように形成され、どのように動いているのかを知ることが楽しみで仕方がないのです。
ああ、銀河。
早く天文学をしたいなぁ。

銀河〈1〉銀河と宇宙の階層構造 (シリーズ現代の天文学)銀河〈1〉銀河と宇宙の階層構造 (シリーズ現代の天文学)
(2007/10)
谷口 義明、 他

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銀河〈2〉銀河系 (シリーズ現代の天文学)銀河〈2〉銀河系 (シリーズ現代の天文学)
(2007/04)
祖父江 義明、 他

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陰陽師は、いわゆる妖怪だとか鬼を祓うというよりも、自然から吉兆を読む人達ではあるが夢枕獏の小説で晴明は、よく呪というものを使う。
それに、我が国には言霊信仰というものもあり、物と言葉を結びつける観念が存在する。
話は脱線するが、人間が他の動物と違うものはなんだろうか?
ここで、聡明な人は言葉だろと言うだろう。しかし、この言葉というものは他の動物でも使われる。
バカじゃないのと思った人は、言葉についてよくよく考えていないと言おう。言葉は他者を結びつけるコミュニケーションであり、クジラの歌やそれ以外の動物で音の交換を行うやつもまた同様に言葉と言える。
そもそも、人間が話す物だけが言葉だと思っている人は視野が狭い。人間以外の生命から見れば、人間の話す言葉は鳴き声と変わらない。ようは、立ち位置の違いでこれは容易に変わるのだ。
しかし、人間の生活を見ていると他の生物と違うのは、死者を弔うという行為が大きく違う。
これは内田先生の本にもあることなのだが、確かにその通りなのだ。
猫が死んだ母猫の亡骸を埋めたところに何度も行くだろうか?私は見たことがない。
ここで、あったよと言われても特異な事例を引き出されたとしか思えない。すべての猫がそういう行為をするのならばわからなくもないが。

さて本題だ。寺田寅彦の随筆にはいろいろな視点がありとても面白い。
物というものは、ただ存在するのだが言葉を交わすことによって共通の認識を持てる立場に立てる。言葉は人と人を結びつける。しかしながら、自然を語るときに言葉は必要ない。まさしく、自然は感じることのみでしか口をきいてくれないからだ。
それを端的に表した言葉が、科学者は自然を恋人としなくてはいけないという内容のものだろう。
現代の科学は、ひとしく自然と距離を置き、仮想自然空間内で成り立つ原理を模索している。それで数々の成功を収めてきた。しかし、この科学万能という意識はそろそろ考えなければならない。
科学といえども死についてわかっただろうか?
脳の機能についてはわかり始めたとはいえ、この心という物を理解するのにはまだまだ浅い。
時に、福島の原発。私は再稼働もろもろ反対ではあるが、それ以上にあの存在こそが科学を心酔した結果でなかろうか?
都市と科学の関係はかなり密接に関わっている。しかし、人間自体がこの都市という物を理解するのにはあまりにも遅れている。昨今の問題は都市化によるものだ。便利の裏側を忘れてしまった私たちは、その便利に対する感受の仕方も忘れてしまった。
『ロボット』の警告を思い出さなくてはいけない。そう、このままではやっぱり駄目なのだ。

だから、私はこれまで人間が避けてきたことをやらなければならないと思う。それが日本を救うことになり、世界にとっても良いことだと信じて。
鷲田先生の言葉は、こういうことを言いたかったのかもしれない。
菊池寛は似たような名前の小説を書いた。
こちらは、恩讐ではあるがそれにしてもアメリカのやっていることは正しいのか。
イラクのフセイン政権の破壊は、結局は戦争に駆り出されたアメリカ国民と被害者のイラクの人々であるのは誰から見てもわかる。
いったいいつから時代の歯車はおかしくなったのだろうか?
これについて、明確な答えはない。ただ、ソ連が崩壊しアメリカを代表とする資本主義経済が世界を包み始めたころには確実に悪くなっていた。
本来は、私の高校時代について語るつもりだったがいまの世の中を見ているとそうも言ってられない想いに駆られた。
それは、イラク戦争から既に10年経過していることだ。

イラク以外にもアメリカが関与した国を見てみると、それは悲惨な傷跡を残している。ベトナムもしかり、リビアもそうだ。
アメリカの正義はいつも正しくあるべきだという先入観を持って始められる。そのため、存在しない大量破壊兵器をでっちあげ、国民を搾取しているといい、今こそ民主主義の流れに乗れと強要する。
誠に残念なことだが、日本は参院選以後に事実上属国化しそうになるし、それを阻もうとした野党も頭の中はお花畑である。未来を見据えるといってもお先真っ暗ではある。

戦争の真実はいつも簡単なことだ。買ったものが正義。
果たしてこれが本当にいいのか?
自問してみるとわかったが、どうしようもない人間の性なのかもしれない。
しかし、性だといってこのままにするのはまた別の話。このまま虚構な世界に浸かっていては何も解決はしないばかりか、自分に対してものすごく恥ずかしい生き方だ。
そう、お金とか、名誉とか、そんなものではなく自分は今生きている中で、素直に感じたことを大事とすることだ。
私はこのままではいけないと思った。それは素直な感情だ。だからこそ、ここで言うべきことは『恩讐の彼方に』ではないが、過ちに気づいたところから改善していくことだ。

今日はなんだか良くわからないことを書いたのかもしれないが、私の気持ちはいまこんな感じなのだ。
プロフィール

水妖の音楽

Author:水妖の音楽
京都大好き大学生。
2009年 天文学会参加
2013年 サマーチャレンジ  
2015年 夏の学校
現在天文学を勉強中の大学院生
主にあわぎゃらくしーをやっていますが、銀河とつけばなんでも面白がります。
思想の根本は荘子であるため誰かしらに与することはしません。
身体論、哲学の類いの話も好きです。
趣味は読書とクラシックと絵画をみること山登り。
籘真千歳先生のファンです。
SFが特に好きです。森見登美彦さんも好きでサイン本を持つほど。ライトノベルは半分の月がのぼる空。ホラーなら玩具修理者。
クラシックはアリシア・デ・ラローチャやバーンスタイン、佐渡裕、カツァリス等が好み。
絵はマグリットやら、ルドン、川瀬巴水、ドミニク・アングル

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