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もうすぐで
雨が降るよと
仏法僧

季節を感じるというのは大切なことです。
つい先日蝉の声が聞こえ始めました。
また庭で、目白が巣を作って雛を育てようとしています。
シジュウカラの子ども達は無事飛び立ちました。
6月も最後ですが、水無月というお菓子を食べ忘れましたね。
そして、いよいよ京都は祇園祭が始まります。
また、中旬ごろには天神祭がありますね。
言うなればお祭り騒ぎというところでありましょうか?
一年でもかなりにぎやかな季節です。
それは楽しみでもあります。

梅雨過ぎて
梅雨寒感じる真夜中に
明日始まる
祇園祭に想い馳せて
ああ夏が来たのと
感じ入る
蝉の声
照りつける日差し
波打ち際
遠雷
入道雲
夏の大三角形
スターマイン
夏の喧噪を期待して
また今日も眠る


さて、科学と行政ということで今岩波の『科学』を読んでいる。
私はここに書いている科学者は普通の感覚を持っていると思っている。
それゆえ、感心することが多々ある。
是非ともこれを読んで欲しい。

科学 2014年 02月号 [雑誌]科学 2014年 02月号 [雑誌]
(2014/01/30)
不明

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Twitterを見ているといろいろな人の書き方というものを見れる。
ただ、私としては公共の場でもあるという意識もあるので下品な言葉では書かないようにしている。
まず、バカとかアホとか使わないことである。(本当は書きたくない)
もちろん、心の中で思うことはいいが、ホンネとタテマエの使い分けが大事である。
他にもヤジ(今も問題になっているが)や煽り。
知り合い同士なら構わないが、ただ他の人も見えるということもあるので程々がいいだろう。
品位のあるというか、言葉丁寧にするのは大事だ。
批判でもすごく下品な批判をする人もある。
批判する権利はあるけど、それは同時にそれに対しても言われるということでもある。
ただ、その時に下品だと下品な言葉の掛け合いになり、結果子ども並の喧嘩に近いものになる。
品位は、必ずしもいつも出さなければいけないものではないが、それでも注意することは多々ある。
ネットは匿名性だが、そこで書き込むときは見えないからといって普段使わないような態度にするべきではないのだ。
書いた言葉は特定はされなかったとしても必ず自分のものであったものだ。
それゆえ、ふとしたはずみ、無意識のうちに使ってしまう。
私も必ずしも品位があると言い切れる人間ではないが、それでも言葉には注意する。
さて、こういう道徳観を持ってやっている人は今後増えたらと思うが、「wwww」というような言葉を使う人が多い日本の行く末はあまり明るくないのかもしれない。
私は何でもかんでもスポーツが好きなわけではない。
サッカーも今だから見ているのであって、野球ほど見ようと思わない。
さて、不甲斐ない結果で終ったわけだけども日本の試合は昔見たものと違う感じがした。
それと、なぜあれだけ本田が注目されるのか未だにわからない。
野球もそうだが、1人だけでできるわけでなない。
シュートを決めるのは1人だが、そこに至までにパスを繋いでチャンスをものにするプロセスがあるはずだ。
それは素人目に見ても分かる。
そのパスをまわすにしてもドリブルで抜いたりしたりしてやる。パスカットしてボールを奪ったりというものもあるが、それを1人がするわけではない。
だけども、ちぐはぐだった。
そのことに関していろいろと書いているブログもあるので私はここでは書かない。
ただ一言だけ言うと、本当にこれでよかったのか?
物の理をしるのが物理。
その物理はいつから加速度的に発展したのかは、おそらくニュートンが端緒だと思う。
おかげて、今や高校生で教わることは18世紀ぐらいのことまでだし、大学生でも1930年そこらしかやらない。
想像以上に大変なところで、聞いていると素粒子をやるひとは大学生のうちではあまり論文を書けない。
それだけ難しくなっているし、研究の最前線は遥かに遠い。
だから、大学生になったらいろいろと物事がわかるかというとそんなものではない。
まだまだよく分からないこともあり、それが楽しいということを伝えられることが大事だろう。
それにしても、素粒子の世界は突拍子もないアイディアばかりで理解するのも一苦労だ。
いまや極道という言葉はやくざとかそういうものとして捉えられている。
しかし、それはそもそも間違いである。
字の通り言うと、「道を極める」
ここで言う「道」とはタオ。
道教とかの意味に近い。
道というとなかなかに言葉にしにくい。
それは、簡単にいうと修行して智慧を得るとことだといえば分かると思う。
道を極めるわけだから、いまのやくざのことは指すわけがない。
しかし、言葉とは生き物でいろいろと間違えながら変わっていく。
だから、今では極道というのだ。
けれども、私は荘子を尊敬しているのでなんとも言えない気持ちになる。
2chとか掲示板でいろいろと書ける時代になってずいぶんと経った。
今ではいろんな人がネットというところでいろいろな意見を書いている。
その内容の善し悪しというのは様々で、感心させられるものもあればここまで人間的に書いていいものだろうかと疑問に思う事柄をやっている人もいる。
本人はよかれと思っているかもしれないし、また別の思惑があるかもしれないが分からない。
ネットのところには誰か分からないという事がある。
いくら本名で投稿しててもわからない。(パソコン詳しくて、特定できる方法をしっている人は別で)
それゆえに、考えることは多い。
例えば福島の原子力に対する関心。
政治問題。
あらゆることで、素人玄人入り交じって書くので何が正しくて何が間違いなのかを判断するのが難しい。
けれども、人間はバイアスをかけがちで、意識しないといつの間にか固定観念に囚われる。
それは、言い方変えると差別に繋がる。
それゆえに、人間が身につけることというのは柔軟な思考とはいうものの、それをしかと身につける人は稀だと思う。
柔軟な思考というのはここでは、善し悪し関係なく、あらゆる角度から考えることだ。
例えば、原子力に対して反対に立場だけでなく、賛成の立場、またそうでない立場とかいろいろとあり、それを考えてみることである。
そうして多角的に見ることで人は成長する。
そして、本当に優れた人というのは言葉で何かするよりも、実践してみることだろう。
それだからこそ、私は鷲田先生を尊敬する。
臨床哲学はまさに実践する哲学だと思うから。
大学院説明会に行ってきた。
収穫はあった。
それは、やはり自分は天文学をやりたいというモチベーションだ。
物性、素粒子、原子核など物理には人気のものがある。
しかしながら、私はそういうのには興味がない。
いや、興味はあるけども自分が最もしりたいことではないだけかもしれない。
私は、人間の見えないところで支配する力(素粒子)を知るよりも、どうしてこの宇宙が存在するのか。
それに興味があるのだ。
人間原理というものを導入しないで、考えたいというモチベーションがあるのだ。
それを強く感じた。
天文学は、たしかに人間の生活には欠かせないものではないけども、人間はただただ生きるためだけに生まれてきたわけではないと思っているから、天文学というものがその人生についてのある解を与えるものとただただ信じている。
天文学は人生なのだ。
今やSTAP問題は終わりを迎えそうにない。
はっきりいって泥沼化している。
正直なところ、彼女はあれではないかと思う。
もしあれだとすると、おそらく彼女は自分の非を認めないだろうし、ましてや都合のいいように解釈されてしまうので、どうしようもない。
ある意味それに関わると人生がおじゃんになる可能性もあるので注意がいる。
私自身はその細胞があろうとなかろうとあまり興味がない。
というのも、すぐさま技術利用することには疑問視されるからだ。
IPS細胞でもなかなかとうまくいかない理由をちゃんと知っている人ならば分かると思う。
技術とは得てして、人の生活にリンクする。それゆえに、科学と違ってリスクの判断まで要求される。
それは、原子力もそうだったし(廃棄物の処理は未だにちゃんとされていない)、医療技術もそうである。
理論的正しくとも、扱うのは人間であり、誤りがあるということは考えないといけない。
それを考えることなしに、技術を扱うのは非常に危険なことではある。
さて話が脱線したが、今後どうなるかが問題だ。
正直今の文科省のトップはやめるべきだと思う。
どうも裏から怪しいことをしている見たいだ。
女性研究者を増やしたいと言う話が関係するらしいが、実際のところどうだろう。
正直なところ、シェーンの事件の時と違う様相を示している。
今後日本の科学がどう思われるかは、この事件をどのように収束させたかで決まるだろう。
それゆえ、無視できない問題ではある。
ここのところ、ろくにブログ更新できていない。
サボっているわけではなくて、帰るのが遅いこととやることが山積みであるということで書けない。
それでも世間の様子は知っており、W杯は一応ちぇっくはしている。(もちろん、阪神の方が優先だけど)
昨日は京大の院試の問題だった。
電子のスピンは1/2であるということは知っているが、それは使ってよいのかどうかということがある。
でも、交換相互作用を考える上でスピンの向きがわからないと困るから、そこは明記してあるのかというとそうでなかったりした。
どこまでが、覚えておかないといけないことなのかはわからないけど、試験の時はたとえむちゃくちゃであってもでっち上げて書こうということしなくてはいけない。
それの技術を磨かないといけないと思うけど、今度のセミナーの担当でひぃひぃ言っている。
本も全く読めていない。
すこしイライラが募るけど仕方がない。
梅雨のように少しイライラする。
いよいよ修士課程の募集が始まる。
それに合わせて、大学院入試説明会が行われている。
私も行ってきた。
志望するのは銀河物理学のできるところである。
そもそもえり好みをしなければなんとかなる。
けれども、本当にしたいと思えることでないと研究とはやってられないものだし、努力しようというモチベーションにならない。
さて、研究室にもいくつか個性がある。
先生が見てくれるところ、放任主義なところ。
議論が活発なのはそうだが、どこを見据えているかだ。
そういうのはただ先生と話せばいいわけでもなく、院生やドクターを含めてみなければいけない。
さて、TPEICが終れば本格的に物理の勉強をする。
とかく、外を受けるというのは不利な戦いだ。
だけども、それは言い換えると分からないことをさらに努めて深く理解することになる。
さあ。頑張ろう。
前回は岩波の『科学』を紹介した。

科学 2014年 05月号 [雑誌]科学 2014年 05月号 [雑誌]
(2014/04/28)
不明

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100mSvの話もそうだが、他の特集も勉強になる。
今では美味しんぼで、福島のことを取り上げたことが記憶に新しいが、原子力のゴミをどうしているかの方が私は興味がある。
実際のところもんじゅとかプルサーマルは話題になっていた。
私が小学生のころ、小学館だったかのこども百科にはウランの話もあった。
当時でも、あまりいい印象を持たなかった。
それは戦争にも使われたものをエネルギーとして使うことが、無神経に思えたからかもしれない。
そして、今もそうである。
福島も確かに問題ではある。
けれども、ずっと前からヤバいものはあった。
けど、見ないふりをしていたとしか言いようがない。
今日本は本当にあるターニングポイントにきている。
STAPの問題もそうだけども、日本に根付いているある一種の観念が、本来の人間的なものを削ぎ落とし、そして無責任な態度を平気で突き通せる社会を創りだしている。
そう思えて仕方がないが、そういうのは成熟した市民がいなくてはいけない。
個人としては相当分かってはいる。政治家でも、そういう人はいる。
でも、誤りを訂正、確認するものがないから、悲しいかな。
『100mSvをめぐって繰り返される誤解を招く表現』という記事を読んだ。
まず、メディアに取りざたされている100mSvとは何だろうか?
根拠としてあげられているのが、ICRP2007年勧告だ。
しかし、ここで大事なことは「統計的有意差がないことと、ガンが多発していないこととは違うことを理解されているかということだ」
まず、統計学とはどんなものなのか。
田崎さんの統計力学の本にもあるが、
「確率が極めて1に近い事象は実際問題として確実に起き、確率が極めて小さい事象は実際問題としておきない」という仮定があることだ。あくまでも仮定なのである。
たとえば、今日隕石が落ちる可能性は0.0000…1%としよう。これは物理的にいうと、起きないという風に見る。しかし、落ちないという保証はどこにもないのだ。
数学でも悪魔の証明というのがあって例えば、
「神が存在しないという証拠は無い。ゆえに、神は存在する」
というようなものである。これと同じことである。
物理の場合は先ほどの仮定を置いて計算すれば、実際の現象と近似的にあうというのである。
物理にはこの近似的にということに重きを置いている。(ただ、そっくりそのまま合致するのは悪いわけではないが、大概は微小にズレるので、近似的というので妥協する感じなのだ)

何が言いたいかというと、世の中のいろんな発言というのは間違ったことが多いということだ。それは、科学者の無知もあるし、同時に受けての聴衆の無知もある。
とくに、今の知識は専門に細分化されているため、知っている事柄判断しがちだが、それは多いに判断を誤ることが多いことをここでは言っている。
さらに、統計学でどういうふうに評価するのかというのは極めて大事である。
統計的に優れているかどうかは、そのフレームをどれだけ精緻にやったで善し悪しが決定される。
残念なことに、統計学をよくわかっていない人も多いので、(特に医療関係で多いらしい)いわゆる専門家というのもあまり信用できない。(もちろん、それは一般の人も同じ)
おそらく今信用できるのは、善悪で判断することより、客観的にデータを見て、善いも悪いもどの角度からでも議論できる人だろう。
実際に誤解を招きかねない表現も多い。
だから、本当に大事なことは何なのかは、一つの情報でみるのではなく、また、〇〇は信用できないからというのでもなく、両方から見ることが大事だ。もちろん、それは大変なことだけども、少なくとも考えることをやめてしまうよりかはいい。
ここ数ヶ月ぶり(初音ミクのproject diva F2nd)を買いに行ったぶりだと思う。
大阪の日本橋は京都から行くのは通りけど、オタクな品揃えが多いからときどき行く。
それにしても、10年前では考えられないな。
電車男が流行った時代、オタクは気持ち悪いとかいいイメージではなかったけど、今の大学生はむしろ何かしらアニメ、ゲーム、漫画などにはまっているのが当然になっている。
それが悪いことではないのだけども、こういうものだけが日本の文化なのかと言うのを思うと疑問である。
私も一時期そういうものを集めていたし、今はそこまでじゃないけど全く興味がないわけでない。
ただ、正直なところあまりのめり込めない。
それは精神とかが成熟しているということなのだろうか?
思考が熟成されたというべきなのだろうか?
果たしてそれはわからない。
それでも、所謂絵画とかには興味があるし、(少なくとも誰の誰の作品は好き嫌いぐらいは)(最近では有名な絵、とかしか判別のつかない学生が大半だが…)音楽とか日本の芸能も面白そうだと思う。
ところが、日本自体がオタクを文化として売り出そうとしているし、それに熱中する人も世界にはいる。
最近思うのが、人間は限りなく安易で、心理に訴えかけやすいものにすぐさま飛びつく傾向にある。
それは、別の言い方をすると答えをすぐに知りたがるということだろう。
つまりは、考えたくはないのだ。
そう思うとなんとなく分かる。
漫画とかアニメは直接訴えかけるし、何よりも分かりやすい。
でも、分かりやすいでは思考は鍛え上げられない。
結局のところ衰弱する方向へ進むと思う。
さりとて、オタクを批判する気もない。
大事なのは、バランスでそういうことに興味を持つことは構わないが、ほどほどにということなのである。

何事も過ぎたるは猶及ばざるが如し
この事件についていろいろとネットでも情報が流れる。
どれが本当のことなのかは、実際に行かない限りにはわからない。
それは、原子力を擁護する人も批判する人の両者の主張がそうである。
人間は都合のいいように解釈する傾向にあり、そして何らかの立場に立つ限り、自分に取って不都合な情報は見なかったことにする。
それゆえ、真に事件を客観視するにはそもそも曖昧な立場、いいかえると是非を決めないで両方を精査しようとする立場が必要である。
そこで、今日見たクローズアップ現代の漫画家達の主張は、確かにその人らに取って真ではある。
ただ、それを見ていない人らが簡単に肯定もできないし、否定もできないということは分かって欲しい。
美味しんぼのこともそうである。
そもそも、始めから結論ありきで事柄を調べればちゃんとしたことは見えない。

しかしながら、科学も万能ではない。
私は嫌いなのだが、『統計学は最強の学問である』とかという本は誇張だとおもう。
統計学はまずフレームワークをしっかり設定しないといけない。
そして、仮定として確率の低いことは決して起こらないとする。
これは統計力学では成功している。ミクロとマクロをうまく結びつける。
しかし、すべてをこれに当てはめていいのかという問題がある。
人または生物に関わる問題で絶対はないからだ。
チェルノブイリの事件後放射能に関するデータをあつめ、その結果甲状腺ガンはどうやら影響ありそうだと言うことは分かった。しかし、人間の寿命は50以上であり、科学の都合上長期間データを集めてリスクを評価することはなかなかうまく行えていない。
かりに何らかのガンで死んだ時、それが放射能によるものなのか、それとも体質なのかは判断がつかない(私は調べた中でそう思う)
統計学はどうしてもその中に揺らぎ(摂動)を抱えている。
それを極力減らすことはできる(つまり数を多く取ること)
しかし、そうはいっても今まで元気だった人が急に体調が悪くなることがあるかもしれない。
そのとき取る立場は一つしかないと思う。それは前にも書いた予防原則だ。
それをしっかりやること。
そして、科学者としてただ薄っぺらい安全という言葉を発するのではなく、因果関係が分からなくともとにかく人の命優先でやって欲しいと思う。
変分とか汎関数というものはなじみがないと思う。
この概念が出てくるのは解析力学だ。
解析力学自体はニュートン以降、ヤコビやオイラー等によって研究された。
最小作用の原理というものをここでは扱っており、中学高校でやったような、光の経路は最短を取るということをここでは取り扱っている。
その変分は量子力学でも使えて、摂動論だけではわからないことを掴みやすくする。
今日解いた物理はその問題で、次元解析をしたら確かに精確なものがでててよかった。
それにしても院試の問題はいい復習になる。
理解を急速に深めるためにもやはりもっとやるべきなんだろうな…

それはそうと、最近は腰を据えて本を読む時間がない。
本当は孔子を読みたいのだけど、そういう時期じゃない。
ということで結構たまっている管理人です。
昨日のセミナーの方で、まあ私個人として嫌だな〜っていうことがあった。
まあ、そこらへんについて容認できたらいいのかもしれないけど…
私はそこらへんまだ抑えが利かないからまだまだなのかもしれない。
でも、今回のホストに対して文句を言うのは筋違いだし、あまりいけすかない。
世の中、自己中心な人がいて、それでも程度の差があるけど、間違いなくあの人は度を越している。
あと、間違えちゃいけないけど、ここに書いたこと以上に憤慨はしている。
だけども、そこは分をわきまえて自重している。
発表していた人の内容はままよかった(それが研究をする上で重要かどうかの議論は置いといて)けど、1人でもああいう人がいるというのは困る。
まあ、私はそこに入らなくて正解だったかなって思う。
スパークリングワインにしてもシェリーにしても原料は一緒。
スパークリングワインは口当たりがいいし、シェリーも少し飲むならいい。
なんで酒の話しかというと今日飲んできたから。
しかし、現在まだ頭が痛い。
アルコール飲むのはいいけど、やはり家だね。
外で飲むとなかなかと…
この状態で他にのみに行ってたら大変なことになっていたと思う。
プロフィール

水妖の音楽

Author:水妖の音楽
京都大好き大学生。
2009年 天文学会参加
2013年 サマーチャレンジ  
2015年 夏の学校
現在天文学を勉強中の大学院生
主にあわぎゃらくしーをやっていますが、銀河とつけばなんでも面白がります。
思想の根本は荘子であるため誰かしらに与することはしません。
身体論、哲学の類いの話も好きです。
趣味は読書とクラシックと絵画をみること山登り。
籘真千歳先生のファンです。
SFが特に好きです。森見登美彦さんも好きでサイン本を持つほど。ライトノベルは半分の月がのぼる空。ホラーなら玩具修理者。
クラシックはアリシア・デ・ラローチャやバーンスタイン、佐渡裕、カツァリス等が好み。
絵はマグリットやら、ルドン、川瀬巴水、ドミニク・アングル

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