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悲しい話です。
連日の日本シリーズを見ていたけども、貧打なのと抑えられないのが辛かったです。
CSのあれはどうしたのかという感じで、奮起してくれるのかなと期待はしていたのですけどね…
まだカーネルサンダースは許してくれないのでしょうかね?
また、来年期待です。
来年は優勝して欲しい。
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世の中、科学ではわからないことがある。
それは現状では観測、認知することができないだけで、いつか分かることがあるかもしれない。
なので、わからないことは分からないというそういう謙虚な姿勢は大事だ。
ともあれ、科学者でもそうだがわからないことに対してどういう態度をとるかが、タイトルに関わってくる。
ここで、陰謀論を持ち出してくる人はおそらく惑わされる人だろう。
もちろん、陰謀論はすべて否定するという極論をいうつもりはないが、ほとんどが無知が関わってくるし、冷静な判断を欠いた状況で決めつけ、それに盲信するということが多いのは確かである。
そして、確かに陰謀に近くとも、そう簡単に陰謀という言葉を口にしないものである。
それは陰謀という言葉を使うことで、それを聴いた人がどう判断するのかまで考えるとあまりいい言葉ではないからだ。
逆に、そういう言葉を多用したりする人は怪しいかもしれないなと思うと、冷静に物事を見ることができる。
科学者となるなら疑い続けることが大事だが、それは根拠がないのはよろしくない。
まあ、陰謀論はほどほどに付き合うべきである。
実験はわくわくする。
とはいえ、大学生の実験というとレポートがやっかいである。
まあ、ワードなら可能ならまだしも手書きだと大変だ。
時々いるのだけども、実験レポートをボールペンで書かない阿呆。
それをわざわざネットで出すので、ほとほとなんだかなって思う。
ちょっと話が愚痴に近い。
小学生を集めて実験をやったりする。
炎色反応は初めて見ればなかなか楽しい。
しかし、その原理を説明するのは大変困難を極める。
あと、実験は派手な方が燃える。
高校時代でも、小学生向けにやる実験というとやはり爆発ものとか霧箱だ。
そして他にあるとすれば、プラネタリウムだね。
今回は宇宙だ。
最近なにかと鬱々とした内容だと反省し、楽しい話題を提供しようと思ってのことだ。
宇宙と言ってもテーマは広い。
何かを拗らせた人は、例えばダークなんちゃらという言葉に惹かれるだろう。
他には天体望遠鏡を含めて、星を観測するのが好きな人は恒星。
SF好きな子だとしたら、『惑星ソラリス』のような系外惑星。
ホルストの組曲『惑星』が好きで、太陽系の惑星というのもありだ。
はたまた、散開星団、球状星団もあるし、銀河というのもありだ。
銀河団(ポケモンじゃないよ)という大規模構造を取り上げるのも面白い。
はたまた、佐藤勝彦(文化功労賞おめでとうございます)さんのやっているような宇宙論もいい。
アメリカの有名なPodcast『Star talk』のタイソン博士の著書『ブラックホールで死んでみる』のブラックホールも面白い話題だ。

とにかく宇宙はネタが多い。
また、まだ我々は光で観測しているが、それ以外の手法を行えばさらにいろいろ分かるかもしれない。
天文学はまだまだ発展途上なのだ。
正体不明の宇宙線もあるし、いま分かっていることも実験で示すことは非常に困難だから、間接的に分かったことだけを捉えている。
さて、私が注目する宇宙の謎を挙げよう。
もちろん、それだけではないことをご了承して欲しい。

1)太陽の謎
太陽は身近な星だが、黒点も含めて分かっていることは多くはない。
何せ、太陽は地球と違い流体である。
そして、その内部構造がどうなっているのかを掴むことが難しい。
ナヴィエストークスの方程式というのが流体にはあるけれども、まさしく太陽は摩擦のある流体という見方をするから、黒点がどうしてできるのか分からない。
身近な星がわからないのだ。

2)月の謎
月はどうして地球の衛星になったのか?
いろいろな説がある。
だけども、完全にこうだというふうに決め切れていない。
ただ、これは地球から近いので調査すれば分かるかもしれない。

3)カイパーベルトの存在
小惑星はたくさんある。他にもハレー彗星など。
そういった星があるという話はあるが、実際のところどうなのかは分からない。
とはいえ、観測技術が向上してもこれはなかなかに難しいことかもしれない。

4)銀河の速度
銀河の回転速度は中心から遠いところだと遅くなるはずなのだが、そうならない。
それからダークマターの存在が考えられてきた。
銀河の誕生から進化までいろいろと関わってきそうな話題ではある。

5)惑星を含めて、太陽系はどうできたのか?
林先生のモデルが有名だが、系外惑星を見るとホットジュピターとかあり簡単には説明できない。
依然として謎のまま。
手がかりは少ない

6)外の系外惑星に生命の痕跡はあるか?
光合成1つとってもなかなかに判断が難しい。
だけども、まだ解決可能な問題か

7)宇宙はこれからどうなるのか
ビッククランチを唱える人もいる。
未来を予測することは大事ではあるが、想像以上に困難ばかりだ。
あげくに、宇宙論の基本となるアインシュタイン方程式は未だにいろいろと説明できるが、どこまで信用できるのかというのが怪しくはある。

さて、ここ以上に宇宙の問題はある。
系外惑星と銀河 (別冊日経サイエンス)系外惑星と銀河 (別冊日経サイエンス)
(2014/08/21)
日経サイエンス編集部

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だけども、面白そうなものを考えてみた。
他には日経サイエンスの別冊で『系外惑星と銀河』という特集があるのでそちらを参考にして欲しい。
科学と技術は目的とするものが違う。
そのとき、日本人は違いを理解している人は少ないと思われる。
私のやっていること、またこれからやりたいこと:天文学はまさしく科学であり、技術ではない。
技術は工学で、工学は人に役立ってなんぼという話だ。
しかし、役に立つとは結果論なところもある。
そして、大概のものごとは役に立たないことの積み重ねだ。
それゆえに、科学者というものは環境に(研究環境)感謝する。
さてさて、ある有名になった科学者は工学者であり、ああいうスピーチを礼讃するが、それは科学者からすると非常におかしなことだということは知って欲しい。
自由に研究できる環境を整えられていることは素直に嬉しい。
そう、科学者の欲は基本的に知識欲だ。
だから、名誉に興味がない人も多い。
極端に言えばお金もだ。
だからこそ、今後の科学の付き合い方も考えないといけない。
今日は非線形のプログラムを組むためいろいろと試行錯誤していました。
うまくいかないものですね。
エラーを表示してくれれば楽なのですけど、うまくいかない原因特定させるのがなかなか大変でした。
結局解決策は見つかったのですけどね。
そういや、一回生のときも苦労したなって思い出します。
ともあれ解析もうまくいき、なんとかプログラムは提出できましたね。
でも、大変だからこそやりがいがあるとも言えるのがなんとも言えません。
ノーベル賞はめでたいことだ。
とはいえ、昔からノーベル賞を受け取りたくないと言う人はいるもので、ディラックも有名だが、ファインマンもかったるい感じはあったようだ。
とはいえ、今年受賞した日本人のある人はくせが強い。
誰とは言わないが、よく日本を貶せると思う。
勿論、どうしても各国のよくないところもある。
そして、それをどうしても許容できないこともある。
しかし、非常に印象が悪い。
私は非常に下品に感じた。
おそらく、あの人は自分の気に食わないところは何でもかんでも拒否する狭い人なのだろう。
もう少し視野を広げてみれば、なんだこんないいところもあるじゃないかと気づく。
つくづくそういうことができないのは寂しいなって思う。
そういう人は他人の粗が気になって仕方がない。
そういう粗があるのも味なのよと受け入れるのが私的には好み。

もしノーベル賞の発表会で日本を貶したら、さらに印象は悪くなる。
まあ、なんだかなって思いながら見ています。
Windows8の10月分の更新を入れようとしたが、最後の最後で失敗する。
一応ネットでも探ったが、それから分かったことを試しても駄目で、これはOSをクリーンインストールするしかない。
仮想ソフトを使って動かしているので、まあ新しいものも出そうということであきらめている。
基本的にそっちの方には重要なデータは入れないようにしているし、また使うことも少ないから大丈夫だろうとしている。(ウィルス対策は常時起動させて、ちゃんと更新はしている)

さて、今はテレビを見ている。
小渕のことやらエボラのことももちきりだけども、あまり興味がない。
なんというか、阿呆らしい。
エボラはたまたま国内に入ってこなかったが、これからどうなるかもわからないし、早めの対策を講じる必要は会った。それこそ、水際で止めるための。
また、政治と金のことはいつの時代も変わりはしない。
何が人を狂わせるのか?
善と悪の天秤が傾くのかわからない。

ここで私が思うのは政治家のお金の管理にしても知らない人に任せるという方がいいかもしれない。
どうしても人間は過ちを犯す生き物だから、その過ちをすぐさま訂正できるシステム作りが求められる。
もしくは、そんな簡単に政治家になろうという気を失くさせることだ。
たとえば、試験をするでもいい。
日本人で愛国心だと言うことだから、和歌とかも嗜んでいるだろうし、雅楽とかそういう文化的なところ。
また、政治家はタフじゃないといけないから、体力的にも大丈夫な人ではないといけない。
スポーツ選手と対戦させたり、もしくは宇宙飛行士の訓練のような感じをするのもいいかもしれない。
私はとかく、政治家という言葉が安っぽい感じを受けるから、そういうことをすべきだと思う。
どうでしょうかね?
料理。
まあ、私の家では親がそれをするのが大好きで、日々お菓子作りも含めて相当のレベルでやるので、私がわざわざ出てきてやるというのもなんだかという気がするのです。
とはいえ、全く私はできないのかというとそうではないとだけ明言します。
それは、何回かかわりに料理を作ったからです。
ともあれ、あれのめんどくさいのはメニューなんですよね。
家族の分を考えると、それは想像以上に面倒です。
何せ、栄養バランスとかいろいろ考えちゃいますしね。
でも、基本的に我が家はダイエットするためとかなく、きちんと食べるようにしています。
ダイエットもいろんなものがありますけど、やはり王道は筋力をつけて基礎代謝を増やすようにすることですね。
それだというのに、いろいろとおかしなものもあり、こんなのにひっかからないでしょと思うのですが、不思議と信じてしまうみたいですね。
まあ、大概は不摂生が原因ですので、ちゃんとした生活を心掛けた方が楽だと思いますね。
流星群というと、昔屋上観測をしていたときによく見ていましたね。
他には人工衛星もあり、あれも見れたら嬉しいものです。
日本だと他に珍しいのは南十字星でしょうか。
それにしても、私は北天よりも南天の星空の方が好きですね。
馴染みのある星座は北の方が多いですけど、一度ニュージーランドに行った想い出が忘れられません。
あそこは本当に長閑でいいところです。
それも、TPPがアメリカに中心に置き換わらなければよかったと思います。
あれはどう考えても酷いものですからね。

あと、北は空が光害のため見えないことがあります。
特に天の川は一度見たら壮観ですけど、光害がひどいと全く見えません。
私としてはそれはしごく退屈なんですね。
まあ、見たことない人は人がないところでぜひとも見てください。
今週の星ナビもよかったですよ。

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不明

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政治の世界に腐敗がつきものではあるが、清廉潔白であることを証明するために努力をすることは大事ではある。
裏がどうであれ。
しかしながら、昨今ではホンネは隠さない傾向なのか、どうどうと犯してはいけない行為をするようだ。
さて、それが果たして成熟した大人なのか甚だ疑問ではあるが。
そして、後任の人事と。
端から見るととっかひっかえできる人事のように思える。

それなら誰がやっても同じだろうと言われるかもしれない。

私はそういうことにはもうあまり興味が湧かない。
ノーベル賞もそうだけども、とにかくネタにするならとことんネタにするのではなく、ある意味下品な取り上げ方をするから嫌になっちゃう。
そうやって、みんなで白けれしまったり無関心を貫けばいいのにと思う。
新聞もテレビも関心を向けられるからやるのであって、逆にほとんどの人が関心を向けなければ仕事もなくなり、自然と消える。
まあ、私もゆっくり関心を他に向けているのですけどね。
ある人が、まあ書いてたことを受けて考えてみました。
例えば、有名な話としてファインマン(物理学 ノーベル賞 経路積分)の父親が、ファインマンに物理を教えろと言われて話をするが、待ったく理解してもらえない話がある。
よくいう、相手に分かるように説明しろと言われて、まあ共通理解ができない専門用語を使わず、なるべく分かるように伝えるという技術は、どれほどそれを理解しているのかを表すので、非常に便利ではあるものの、どこまで噛み砕くことをすればいいのでしょうか?
そういう問題です。

ここで、一般の人が持っているべき知識というと、今は義務教育とあるので中学生ぐらいの知識は持ち合わせておかなければいけないでしょう。
それは、概ね同意してくれると信じています。
では、それだけで本当に理解できるのかという話ですけど、私は分かった気にすることはできると思いますが、本当に分かったかどうかは無理だと思います。
行きずりの老人に、説明しても研究内容はおそらくわからないでしょう。
だから、一般の人に説明する上では分かった気にさせる説明が求められているということでしょう。
しかし、本当に理解したい場合はどうすればいいのかというと、残念なことに高くそびえ立つ塔をゆっくりと登るようにしなければいけないです。
そこにはエレベーターとかの楽できるものはありません。
二段飛ばしとかできる人なら早く登れますが、それは体力次第です。
そして、科学はその階段は誰でも登れるようにしています。
だから、興味があるなら自分で登るしかありません。

分かった気にさせた知識は、ある意味厳密さを欠きます。
例えば、植物は何を放出するか?
これは大概の人は酸素と答えます。
それは光合成をするからですが、それだけでなく呼吸もするので二酸化炭素も出すわけです。(イソプレンとか)
それくらいはやりますが、実はそれだけではないということは知らないわけです。
この場合なら問題は大きくないですが、厳密さを欠いた知識を教えることはいいことなのでしょうか?
それには十分議論しなければいけないことがあると思います。
だから、この話は難しいことだと思います。
ただ、一言。文系だからとか理系だからという逃げの言葉を使うのは、よろしくない。
しらなければ、知らないと正直にいうことが大事だ。
そして、何より明らかに自分の無知を棚にあげてはならない。
私は何かと、友達がいないとか、寂しいやつとか言われたりする。
いわゆるぼっちというやつだが、そんなことはない。
むしろ私からすると、某私立の学校みたくべったりとかの方がしんどいと思う。
親友だっているし、友人だっている。
しかし、必要以上に会ってどうすると思う。
何か話をするのか?いやいや、話題は作れるかもしれないが、どうも心には虚無感が残る。
時々久しく会っていなかった友人と長々と会話することがあるが、それも1年に数えるだけあればいいぐらいだ。
そんなにLINEやらで連絡と取り合うことに意味があるのか?
それにすごく疑問だ。
それがまるで義務のように思うのかもしれないが、むしろそれは歪んでいると感じる。
確かに仲のいい人と同じ空気を共有することは楽しいのかもしれない。
楽しいことかもしれないが、どうにもこうにも永遠に同じであるはずがない。
彼らには彼らの時間があり、それをどうも束縛しているようにしか感じない。
そして、ずっと一緒だと世界が閉じる。
地縁だとか血縁だとか昔のそういう風習とかは閉じており、それを見ても分かる通り、違うコミュニティは排除する傾向にある。
そうなると、いわゆるいじめの構造が生まれたりするわけだ。
そして、群れるということは自分の傷を隠せる場でもあるが、それでは一生解決はしない。
虎穴に入らずんば虎じを得ずとはいうように、傷は自分で乗り越えるしかない。
ところが、昨今は携帯電話で繋がりを求めるが、絹糸よりも細い繋がりな友人関係が多いみたいだ。

親友はやらすごく気心知れた友人なら何年も会わなくとも、その存在をまったく忘れてしまうことはない。
それこそ、強い繋がりで、人として成長できる絆というものだ。
私はそういう関係があればいい。
そうでなくても、久々に顔を出せば、久々に面白いやつの顔を見たななんて感じが気が楽だ。
だから私のことは心配無用だが、時々おせっかいなやつが、あいつは誰々との関係がうまくいってないという。
余計なお世話だ。
そして、自分は友人が多いと思うとやつに限って、人の経歴や趣味などを嗅ぎ回る。
そういうのはほどほどにしろと思うのだった。
最近やっている本の中身は完全に軌道理論である。
とはいえ、ポテンシャルは銀河のであり、無関係だとは言えない。
だけども、非対称なポテンシャルだとループする軌道はわかるが、それを手書きすることはできない。
図で理解することが困難を極める。
それでもポテンシャルは重要で、軌道がどうなるかを見るのにはいいらしい。
他にはひさびさのプログラミングをやっている。
カンがなかなか取り戻せないで苦労している。
そして、ゲームは閃の軌跡Ⅱが終わりそうだ。
いろいろとやっているところであります。
最近は研究室でとにかく手計算をメインでやっている。
まあ、自分の勉強も含めてだからなかなかに時間はかかるが、学問をやるときに時間がかかるのは当たり前のことだ。
さて、ようやくノーベル賞発表は終わりを迎える。
それからまあ、出席者はいろいろと忙しいのだろうけど、まあ、あまり興味がない。
どんなときも興味があるのは、新しいこと、違った視点を提供してくれることだが、ノーベル賞は謂わば、セレモニーの要素の方が強いので、対岸の火事のように見るだけだ。
それよりかは、野矢茂樹の論理学の本を読んだ時の方が面白い。
なにせ知らない分野(もちろん、言葉としてはいっていても、素人)だから、なかなかにテクストを読み込むのが大変だった。
それでも、論理とは何かというものが漠然とだが掴めただけよかったかもしれない。

物理学賞は日本人3名がとり、文学賞や平和賞は予想とは違う結果が出されましたね。
青色発光ダイオードのことでダイオードを最初に作った人らはすごく不満の声が上がっているという話もありますが、こういう賞を取るものでは往々にしてあることです。そういう意味では運がすべてでしょう。
先日、ノーベル賞をとるような研究者になってくださいとある方からいわれましたが、そういう賞をとるために研究するのではなく、知的好奇心をただどん欲に満足させるために研究するものですから、名誉欲はあまりないですね。(ただ、金欲はないと研究費が無いなんてことになると困りますからね)
極端な例があるとすれば、ノーベル賞を断ろうとしたディラックとかでしょうか。(まあ、有名になることが嫌だったということらしいですが)
数学者だと未解決問題を解いたペレルマンもそんな感じなのかもしれません。
まあ、名誉なんてあったら面倒に思うかもしれません。
それよりかは、研究に没頭できればかまわないという気持ちはあると。

さてさて、それはよしとして平和賞はやはりいろいろと思惑があるようですね。
それは西欧が都合を押し付けているような感じもあるみたいです。
日本でいうと象徴でしょうか?
でも、それはある意味お飾りな感じはします。
ただ、平和賞を設けておきながら、イスラム国などよけいに対立を深めるたりしていることに矛盾を感じます。
平和を歌いながら、武器を輸出する。
ダブルスタンダードもいいところでしょう。
まあ、それは憤っても仕方ないこと。
私としては、『尾を泥中に曳く』
そんな感じでいきたいと思います。
師匠は高校数学をやっておられるのだが、最近中学生の数学はどうなっているのか気になってみてみた。
そうすると、いわゆる文字を使った代数から、マイナス、根号、二次関数などがあった。
つまり、実際値を用いていたのを、代数的に解こうということだ。
そこで躓く原因は何にあるのかを考えてみた。
第一に、小学生の時に分数、少数の世界に簡単に行き来することができない。
これは、整数の計算(文字入りの)はできるけど、少数とかになるとできなくなる人がいる。
第二に、何が同じで、何が違うのかを明確にできないこと。
これは、いわゆる計算規則がしっかりと頭に入っていないことになる。
括弧が意味するところはなんなのかがキチッと頭に入っていなかったり、比の意味が分かっていないことである。
そうすると、数学をただ授業で覚えただけとなり、間違える。
これは、大人でも間違えることがあるから笑えない。
数学はある種論理である。
それの意味するところは、ちゃんとしたルールに基づいておこなうことが定められており、自己満足ではなく相手にも理解してもらうことがこの数学で大事なところであるからだ。
数学はだからこそ計算の原則はしっかりやらないといけない。
高校の内容もさることながら、こうしたことをしっかりと家で教え込むことは必要だろう。
もうすぐ次の台風が来ますが、この様子だと今日はいい月食観察日和ですね。
食は19時後半がピークらしいので観測される方は18時にはスタンバイが基本です。
それにしても、ノーベル賞受賞のために早稲田の記事も、月食もかすんでいるような気がします。
このお祭りも1か月続くでしょうけど、どのメディアもあまりどういう研究で、どういうアイディアで成功したのかを詳しくやらないですね。
やっていることは赤、緑、青のLEDの光を合わせて白色を作ることだけ。
まあ、科学雑誌を読む人が少ないといわれている国だから仕方がないのかもしれませんが…
こういう学問は、はっきりいって無駄になるかもしれない、何年もかかるかもしれないもので、それこそやりたいからやるのだという信念のもと行われることですけども、物理履修(大学入学のとき)する人も減り、国の援助もあくまで成果がでないものにはお金をあまり出さないというスタンスなので、どうみてもこの後の日本は衰退しそうな気がしますね。
まあ、そういう話はもうちょっと先のことなのであまり言わないでおきましょう。

とかく、おめでたい話題ではありますね。
ひさびさにここに書きますね。
まあ、いろいろと忙しい日々というだけでなく、ここに繋ぐことが億劫になるというどうしようもない理由もあるのですが…
それは、ちと勘弁してください。(閃の軌跡2に夢中になっているだけのことですから)

さて、世の中のことということで9月のことで大きなことは朝日のことでしょうか?
もちろん、中東の情勢はよろしくないですし、ウクライナの事件も消えた航空機、さらに韓国船の沈没のこともまだ終っていないと思いますが、ひとまず日本のことに目を向けましょう。
話題になっているのは、どうやら吉田調書のこと、慰安婦のことでしょうか。
この話がおおきく膨れ上がったのはもちろん、池上彰さんの記事掲載拒否でしょうか。
そして、その後に産經新聞やらもとりあげ、他の雑誌でも朝日バッシングをやりましたね。
この間には、元朝日の関係者に脅迫とここぞとばかりに叩きますね。

まず、私がいいたいことはこうした立派な大人である人らが、よってたかって集中攻撃をするということです。
「謝罪をしろ」
「これは、国に泥を塗った」
などなどいろんな発言があります。
批判は確かに大事なことです。それは、人間が互いに誤った道に進もうとしたら元に戻そうとする、他にはそこでいろんな意見を出す、見方を提示するということで、考えを深めるということでもあります。
間違っていけないと思うのは批判は攻撃ではないということです。
他者の人格を否定するのではなく、その発言はどういう見方をしたらまずいのか。それを社会で検証することにあたります。
少なくとも私はそういう風に見ています。
そして、その発言はあくまでも大人、成熟したところをちゃんと示す必要がありますし、必要以上に責める必要はありません。むしろ、私の中では必要以上に責めるというのは、過剰な反応だと思います。
だから、新聞にしても雑誌にしても今回のことを見てて、本当に成熟した大人の態度なのかと甚だ疑問でしたし、あまりにも品がないと思いました。
だから、今回のことはすごく考えさせられました。
冷静に見ると、これはいじめの構造が見えるのですよね。
よってたかって、誤った人を非難する。
中には国民に謝罪をしろと。

こういう記事を書く人もだいたい有名な人です。
まあ、ある女性の大学教員なんかは話し合いではなく議論は喧嘩だと、正しいとか正しくないとかどうでもよくて喧嘩に勝てばというような感じの人もいたり、ディベートを推奨する高校もあるくらいですからね。
こういう世の中なんだという風に見て取れます。
そういう世の中で、いじめを失くせと言われてもおかしなだけでしょう。
大の大人がいじめをしているようなものなのだから。
だから、このごろバラエティ番組を見ないようになりましたね。(忙しいのであまり見ないのですけど、旅とかそういうものを見て雰囲気を感じることは好きですね)

好きな少女漫画家の山岸凉子先生の『言霊』

言霊 (KCデラックス BE LOVE)言霊 (KCデラックス BE LOVE)
(2013/05/13)
山岸 凉子

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これにもあるのですけど、言葉は書いたり発言したら自分に跳ね返ってくると思うようになりましたね。
だから、ここでさきほどの記事について詳しく書いたりしないようにするようになりました。
それは、こういうことを書けばついつい自分の思ってしまったことを書いてしまうことがあるからです。
それまでは結構自重としていたはずなのですけど、ついつい書いてしまうみたいなことがあって、自責していました。(森元首相のようですね)
ホンネとタテマエをもちろん使い分けることが大事なんだと感じるようになりましたね。だから、今回の朝日のことも誰かしら、全然違うことを書いてくれれば面白かったのでしょうけど。(まるで、森毅先生のように)
そういう、まるで鬼の首をとったようなことを書いたことに対して、えらい凝り固まった思考やなって。
そうすれば、多少はいじめな感じは出さなかったかもしれないですが、そういう人は珍しいですし、そもそもそういうのに関わりたくないという人もいますしね。

さて、こうして書いてきて私はこうしなさいと言わないですね。
それは、やはりこういう見方は本当に正しいのか、いいのかは後にならないとわからないからです。
各々考える必要はあると思います。
それこそが、成熟した市民の形でしょう。
間違ったら、他人が教えてあげればいいのです。
それが人間関係。
そのとき、自分が言われてかちんとくる言葉を言わないことです。(必要なときは言わないといけないですけど)
この自分が言われていやなことを口にだして言うことは、自分でそれを縛るだけでしょうし、やはりしょうもないのですわ。
これが、今回考えたことです。
プロフィール

水妖の音楽

Author:水妖の音楽
京都大好き大学生。
2009年 天文学会参加
2013年 サマーチャレンジ  
2015年 夏の学校
現在天文学を勉強中の大学院生
主にあわぎゃらくしーをやっていますが、銀河とつけばなんでも面白がります。
思想の根本は荘子であるため誰かしらに与することはしません。
身体論、哲学の類いの話も好きです。
趣味は読書とクラシックと絵画をみること山登り。
籘真千歳先生のファンです。
SFが特に好きです。森見登美彦さんも好きでサイン本を持つほど。ライトノベルは半分の月がのぼる空。ホラーなら玩具修理者。
クラシックはアリシア・デ・ラローチャやバーンスタイン、佐渡裕、カツァリス等が好み。
絵はマグリットやら、ルドン、川瀬巴水、ドミニク・アングル

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