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今日はとあるところで、異分野の研究やらを知ろうという試みに参加してきた。
私の方はというと、プレゼンする人ではないのだが、まあ資料を準備して、いくつか話をしてきた。
天文というと、新聞とかでは賑わうけど、実際に何をしているのかというのを知っている人は少ない。
アマチュア天文家は日本では多いといえども、科学雑誌の話を推察する限り一部の理系の方ぐらいしかいなく、残るいわゆる文系の人は全く無知である。
まあ、それは教養とか言っている次元を超えた話になる。
自分文系とか、理系だからという言い方は免罪符ではない。
もちろん、かなり知っておけとはいわないが、最低ラインとして高校ぐらいの知識には触れておかなければならないだろうと思う。
それに、湯川博士を見たら理系だ文系だという話はナンセンスだ。
それは自分で限界を勝手に設定しているだけ。
興味があるなら文系だろうが理系だろうが関係なくやるものである。
天文の話から逸れた。
戻そう。
ともかく、知らない人に知ってもらうという点では今回は成功したかなった自分でも思っている。
こういう知らないことに触れるということ自体が教養に繋がる。
そう私は信じている。
願わくば、もっと他の分野の人も参加してくれたら嬉しい。
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今週の日曜日に、とあるところで発表します。
内容は、もちろん当日来てからのお楽しみということにしていますが、まあ少しだけ書こうと思います。
まず、小惑星帯の解析。
これは、摂動論的な話をします。
量子力学に慣れているならおそらく分かるはず。

次に、宇宙背景放射。
基本的に、装置の話がメインかな。
私はあまり解析の方に回っていない(解析の前段階のデータ処理はしたけど)のでうまく解説できないと思います。

そして、天文学。
基本となる話は銀河ですね。
銀河もたくさんあることは100年も前では分かっていないですからね。
そうなると、ホッとな話題も多いですね。
そこで、まあやりたいことの触りをやります。
基本的には式はないので。

ほとんど数学やっている人が多いのでちと辛いですが、まあなんとかなるでしょうという感じで。
当日会えた方はよろしくお願いします。
連日弟がアニメを見ている。
それはいいのだが、大きな声で独り言を言うものだからたまったものじゃない。
私自身アニメを嫌う人ではないのだが、最近ではめっきり見なくなった。
何よりも、時間がない。
いや、時間はあるけどもアニメに費やす時間と本を読むのに費やす時間のどちらに重きを置くか決まっている。
本で間違いない。
本は時間をそれなりに取るし、また先が読めない場合の方が多い。
しかし、アニメは大概何をするのかは読めてくる。
そうなると、違う目線でみないといけないのだが、最近はそういう思考するくらいなら研究の方にまわせという声が聞こえる。
まあ、成熟することは大事ですよ。
雨が降る日は猫はアンニュイになる。
人間はどうかというと、まま大半は同じようにアンニュイだろう。
でも、私はそうではない。
確かにずぶ濡れになるのはいやだけども、ほんのすこし降っているくらいなら多少濡れても気にしない。(もちろん、本を持っていないときだが)
雨も好きである。濡れるのも悪くない。

こういうときに思い浮かぶのがゴッホかな。


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タイトルは、親から言われた話です。
まあ、寒がりなんですよね。
そのため、コートにマフラー(そしてカイロは欠かせません)と耳当てという出で立ちが、これから八甲田山に行くかのような、そんな準備に近いということでこんなんで冬を越せるのかと言われちゃいました。
運動しているはずなんですけどねー

それで、午後は用事で外にいたのですけど、午前中は研究の準備したりとかで忙しく、休日らしくない休日を過ごしていました。明日も用事があるのですよねー
本当にすこし休みたい。
ともあれ12月までは忙しそうです。
ああ、仕方がない。
これも、選んだ人生だ。
南極物語はよかった。
CGもない映画だが、こころを打つものがあった。
改めて、高倉健さんという人がなくなったのが寂しい。

さてそれを見ながらではないけども、捕鯨反対で過激な活動していたシーシェパードを考えてみる。
いろいろと書かれている事柄はいろんなことがあるが、私の推察だから誤りがあるかもしれないがそこは笑って許してもらいたい。
そもそも、彼らが捕鯨反対する以前に、我々はクジラを食べるという習慣があった。
それはもちろんのことながら、生きていくためである。
それゆえ、クジラは余すところなく活用された。
しかし、20世紀前後に産業革命も合わさって、クジラの乱獲というものが問題になった。
それはリョコウバトほどひどいことにはならなかったが、マッコウクジラの鯨油が非常に価値があるということでたくさん殺されたのは有名な話。
いつの時でもそうだが、産業革命以降、大量消費やら資本主義という名前で、我々が生きるために他の生命の命を奪うということではなく、ただ欲望のままに殺すということは人間の愚かしい歴史的な行動だったと私は思っている。
ただ、今回の話はそっちではない。
よくいるかは頭がいい生き物だから殺すなという話を耳にする。
そういう人にはじゃあ、牛を食べるんじゃないという反論をする。
それは分かる。でも、それをは水掛け論になりかねない。
ただ、私が感じることは、いるかを殺すなという人が理由としていることは明らかに自分が神様になったかのような振る舞いだということを意識していないのかということだ。
どういうことかというと、それは生殺与奪的な考えに近い。しかし、人間は今は文明が発達しているが、自然に翻弄され、地球じゃなければ生きて生けないほど弱い生き物だ。
それが、思い上がって生き物の生死をコントロールしようとしていることに他ならないのだ。
人間だって、生き物だ。
他の動物とは違い、牙も大きくないし、運動能力だって一番ではない。たまたま、反映したからこそ頂点にたっているように見えるだけで、宇宙から見たらちっぽけだ。
井の中蛙大海を知らずというように、人間は地球という井戸でえらそばっているだけだ。
そういう考え方は、西洋の人は持ち合わせてないように感じるのは間違いだろうか?
いや、そうでない人もいる。
けれども自然に対して近くない今、そういう意識を持っている人は少ないだろう。
嘆かわしいことではある。
今度とある筋で話をする。
内容は、量子力学と天体力学と天文学である。
量子力学からは摂動論とか演算子法。
天体力学は、3体問題について。
天文学は、主に銀河である。
もちろん、その内容は対象とする人によって変えなければならない(理解度という意味で)
ご了承して欲しいのは、ガチガチの数学で責めることだ。
もちろん、物理をやっているので時々数学の枠組みを無視した考え方もあり、そこをつかれると辛いものがある。
まあでも、分野を知ってほしいと思う。
寺田寅彦も書いてたけども、どの分野が役に立つかはわからない。
そういう何でもいいから拾っておこう精神が大事だろうな。
安倍政権がよくわからない理屈で解散をするのと、高倉健がなくなったニュースを今朝からずっと流していた。
高倉健の死は相当大きいもので、金八がいろいろ言っているのを、赤の他人なのになって感じていながらも、頬を通って一筋のしずくが落ちた。
一方で、解散のことはよくよく話を見ても理屈が通らない。
それは支離滅裂である。
仮にも大学という学問の府を通ってのだから、筋道たてて話をすることはして欲しいし、誠実ではない。
とはいえ、今度の選挙が何が分け目かというのもよくわからない。
おそらく、マスコミを通した印象戦略で、人々のこころを掴んだところが勝つのだろう。
この間もそうだったし、今度もそうだ。

では、学生から選挙はどう見たらいいのだろうか?
正直言って、学生がそういうものに興味を抱かず、無気力なのは、夢を見ることができるような国になっていないからだ。
ずっと、景気回復をしなければならないと言っている。
マニフェストを読めばいいという話もあるが、あれだけ膨大で、そして中身はないものを読む時間を割くことはまさしく合理的ではないし、また人で選んでも仕方がない。
なにせ、自民党内でも原発推進とそうでない人らがいるくらいだ。
そうなると、よけいに選び難い。

では今までのやつからどうだというのを見てみることをするかもしれない。
Twitterではもうそれは出ているが、アベノミクスの効果はこんなのがあるというのを出している。
もちろん、情報は多角的に見なければいけない。
間違ってはいけないのは、経済にしても教育とかにしても恒常的によくしようとしなければいけないもので、本来ならば、こんなにころころと政権が変わるのはよくない。
経済ならば敏感性を持ち合わせているが、教育に関しては準静的に変化するもので、それもゆっくりだから変化を知るのは10年とかになる。
そういう時間的にもいろいろと効果が変わるものをどういう風にすべきなのかは、ごくごく当たり前のことだが、議論をしつくし、納得いくまでやらなければいけない。
正直、民主もそうだが、自民もうちわのことで盛り上がった。あれはくだらなかった。
そして、今もエボラなどの驚異もあるわけで、あまりに優先順位がおかしい。

ではどうすべきだったのか?
間違いなく人間は間違えるものだということを再認識すべきだ。
誤りは正す機能を備えなければならない。
そのとき大事なことは、面倒だがチェックする組織をつけることと、どこまでチェックするのかの枠組みをつけることだ。
そして、誠実な行動をとるべきである。
誰かが信用を失えばそれは全体の信用を失うのだ。
それを忘れてはいけない。
ともすると、小渕の件でもそうだが、ああいうことをする政治家はもっといることになり、それは自民、民主を問わない。

結局、その人柄を知ってない限りは投票すべきではないし、今度の選挙に700億やったところで意味がない。
これこそ、仕分けすべきことではないのでしょうかね。
寺田寅彦の随筆は好きだが、その中で最も好きな話はこのブログでもリンクを貼っている。
『科学者とあたま』
これは中学のときにやっていた通信教育の届いた教材の表紙に記されていたものだった。
記憶では芥川龍之介『侏儒の言葉』からもいくつかあったが、全然思い出せない。
そんないろんな名言があって、ひときわ目立ったのがこれだった。

頭のいい人には恋ができない。恋は盲目である。科学者になるには自然を恋人としなければならない。自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである。

当時から科学者になりたいと思っていた私は、この文章を読んだ時の気持ちは計り知れない。
科学者と言えば頭がいいものだと思っていたのに、科学者は頭がいいと同時に悪くてはいけないと書かれていたからである。
このときの頭が悪いというのは大事なことである。
単に知識が欠如というよりも、先を見通せないからこそ猪突猛進に信ずることを只管やりぬけることだと、寺田寅彦はいう。
それはかなり難しい。なにせ、ある程度やってくると見通せるからだ。
その見通せるのを信じないで愚直に実際にやる。つまりは、やってみなくちゃわからないという気持ちで取り組むのだ。
効率もくそもあったものじゃない。
むしろ非効率だろう。
でも、科学の発展はまさしくそうだった。成功ばかりが取りざたされるが、結局は日の目を見ない仮説やら、理論がたくさんあった。論文もだ。そういった、はっきりいえばムダを積み重ねて発展している。
失敗ばかりなのだ。でも、本来成功するかどうかわからないのだ。
やっている人は成功すると信じて突き進む。
そういう話である。

さてさて、今読んでいるのは蓄音機というやつだ。これは大正11年に書かれた。
要約すると、寺田が見てみた蓄音機についてあれこれ考えて、その便利なものから見る様々な物事を書き繕ったものだ。その中には、教育の話やら、寺田の子ども達の話もある。
それを読むのはすごく面白い。
なにせ、物理的な話から、雑音から考えだされる味深さなど話が泡沫のごとくはじけては消える。
全く飽きないのだ。
こういう文章の名手はなかなかいない。
願わくば、今の大学生が読んで欲しいものである。


寺田寅彦 (ちくま日本文学 34)寺田寅彦 (ちくま日本文学 34)
(2009/04/08)
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タイトルの言葉にあまり面識がない人は多いと思う。
まあ、それでも1つ1つ読めば分かるが、ようは銀河の中心にある構造物を指している。
とはいえ、もうそれはBHなのだが。
言い方変えるとSMBH。ブラックホール。
私の進学が決まったところでもあるのだが、ブラックホールはホットだ。
日本では重力波を検出するカグラの準備が進められているが、このBHが2つあって互いに干渉しながら回っていると重力波を出す。
それ以外にも渦巻き銀河などの構造に深く関わっている可能性がある。
このBHだが、一般相対性理論と関わりがある。
世の中にはアインシュタインの主張を曲解、もしくは誤解したまま批判する人もいる。
まだ、一般相対性理論がどこまで使えるのかは分からないが、それでも使えるものは使って行くスタイルは物理の根本だ。それゆえ、相対性理論をいじるとBHの存在が考えられる必要が出てきた。
しかし、まだまだ天文学は発展途上であり、一般相対性理論もBHも調べなければいけないことはある。
私がやろうとしていることはまさにその問題の1つに近いものだということだ。
もうこんな時期ですね。
研究に勤しみ、バイトをこなしつつ、それでいて自習やらセミナーの準備。
プログラムを書いたりしている。
とにかくめまぐるしく変わるものだから大変である。
逆に受験生はあと数週間したらセンターが目の前ということになる。
わたしからのアドバイスは、とにかく12月はセンターに絞れということだ。
センターを躓くと辛い。
なにせ、近畿の国公立はセンターの点数は7割りを超えてこないとあかんからだ。
それも、相応のところなら。
センターに苦手意識があるならなおさらである。
あとは、風邪引かないことです。
研究室。
それは、大概の人が白衣をきた人が実験しているというイメージだろう。
それは一部では間違っていない。
さらには白衣は一部しか着ない。
大概はラフな格好であるし、理論系ならなおさら実験というイメージはない。
何をしているのか?
それこそ、ずっと計算したり、それを用いてプログラムを組んで計算している。
そして、1日をつぶす。
そう何も特別なことはない。
だから、ある意味簡素である。
そうなると、机はどんな感じか?
個人の性格にもよるが、大概は散乱している。
それも、酷いと手もつけられないぐらいに。
それを見せないように片付けをしないといけないのだが、いかんせんやらない人が多い。

かの有名なシュレディンガー方程式を見つけたシュレディンガーもそうだった。
彼は、有名な数式を見つけたが、それを見つけ出した自分のやり方を書いた紙をなくした。
まさしく机が汚かったからだ。
FF。
私の中では結構やってきた作品になる。
とはいえ、主にⅦからⅫなのだが。
ようはプレステの時代からである。
一番お気に入りの作品は、間違いなくⅨである。
よくⅦのクラウドとかⅩとかだったりするが、(Ⅷはあの謎のレベル上がると辛いやつになるだからカウントしない)それでもⅨなのはやはりストーリーが好きだからだろう。
始めは主人公はただのおちゃらけだった。
しかし、アレクサンドリアのお姫様が紆余曲折ありながらも頑張るのを助け、自分の出自があれにも関わらず頑張る。まさにファンタジーの王道だと思った。
それ以外にしてもそうである。
魔法使いのビビ。
もう、切なくなった。いつか自分も止まってしまうかもしれないという恐怖に戦う。
あれはいい作品。
戦闘のことは抜きにしても、ある意味私の人生の一部になった。
絵を担当した天野さんもすばらしい。
もう、すべてにおいてⅨが一番よかった。
エンディングはがち泣きですよ。
ここのところゲームといえば、閃の軌跡Ⅱをやっている。
今はもう二周目終盤。
一周目はラウラだったけど(なりゆきで)、二周目はアリサで告白のやつを終えた。
もともと空の軌跡では、ヨシュアとエステルだけだから選ぶ必要はなかった(ごちそうさん)けど、零からキャラが増えたし、なかなかとね…選ぶのがしんどいのですよ。
そこで野郎の絆を高めるのもありだけど、モチベーションとして、よっしゃ男の絆上げるぞ〜なんてならないのです。(そんなテンションだったらホモです)

私の好きなゲームのジャンルはやはりRPGでしょう。
もともとドラクエとかFFをやっていましたし、サモンナイトとか一時期やりましたね…
ドラクエで不思議だったのは4でしょうか。
まあ主人公が旅立つのですけど、最初に仲間になる人が踊り子と占い師ってどうですか?
仇を取りにいく主人公が、やはり最初に仲間にすべきなのは戦士とか魔術師でしょう。
それが、酒豪の踊り子と、暗い感じの占い師って…
あの時は愕然としましたね。
それから武器商人のトルネコ。いや、どう考えても戦闘に向かない。
いろいろと突っ込みどころが多かったですね。
それでも、私はなんとか終らせましたよ。
いやー大変だったな。
京都にいまジャポニズムという題目でボストン美術館がきており、リラックマがコラボしている。
まあ、それがメインではない。
目的は印象派のが日本趣味によってどういう影響を受けたのかという話で、例えば作品の構図とかそういうところにある。
ゴッホらが葛飾北斎らが書いた浮世絵に影響され、それを取り入れた作品が多く展示されており、非常に面白いものであった。
それこそ言葉にするのができない衝撃を受けたと言ってもいい。
どちらかといえば、シュルレアリスムな絵の方が好きな私でも、こういう日本趣味な絵はなかなかに好きである。
だから、もうすぐで終わりだが、是非とも見にいって損はないものだと私は思う。
今日読んでた記事でなかなかに面白い議題提議がされていた。
成人してて美少女の漫画とかが好きで、結婚願望がない男性は精神病かという話だ。
正直に言うと、そんなわけもあるはずがない。

だいたいの世の中の人は、いわゆるアニメとか漫画のオタクを不健全視する傾向がある。
しかしながら勘違いも甚だしい。
確かに世間的な体裁はよろしいものではないかもしれない。
ただ、その記事を読んでいた限りでは、真面目に就職していたし、至って普通だ。
そしてある意味正直だった。
ともすると、やはり一般の人の偏見というのは大きいと思う。
もちろん、私は何事もケースバイケースだと思うのでこうだと断定することはしない。
ただ、そういう事実を知ったときに、どういう態度を取れるかは謂わば教養、懐の深さを示している。
願わくば、一般の人もそういうところを示してくれたらいいのだが、なにせ思考するという謂わば当たり前のことすらもできない『普通の人』が増えているから仕方がない。

あとは、そういう趣味を本人は何年も続けていけるという、その意志を貫き通すことは確認した方がいい。
今年でライブを辞めるという話のクラプトンが唄う『somewhere over the rainbow』が好きで、ここのところ聴いている。
私の中で音楽で記憶に残っているのが、久保田利伸の『LaLaLa Love Song』で、今もお気に入りの曲だ。
それ以外は親の影響もあってか、クラシックが多いのは周知済み。
最近では初音ミクのようなVocaloidを聴くこともあるが、やはりギターの神様だと思う。
それだけではなくて、意外と洋楽も好きだったりする。
それは今は使えないレコードで音楽を聴く趣味があった父親がそういうものをたくさん持っていたからだろう。
それでも、有名なジョンレノンとかはなかった。
どちらかというと、ロッドスチュワートとかマイケルジャクソンとかだった。
今は全然毛色が違うのでなんとも言えないが、そういう曲も進んで聴いていた。
こう書くと、自分があまりにも平成ぽくない。
昔のアニメの『City Hunter』で流れたような曲を好むし、角松敏生におはまりしている大学生なんて見たことない。
おそらく、『Earth Wind and Fire』とかは曲は知っているだろうけど、そういうグループは知らないだろうしね(昔は鳥人間コンテストでも使ってくれてたのに、最近は使ってくれなくて悲しい)
音楽の話をしているとなかなかに古くさい、謂わば懐古趣味という感じがする。
まあ、音楽の趣味は人それぞれなのでね。
その人が面白いと思えばいいと思う。

そういうことだと私はとにかく騒がしい曲は嫌いだし、偶像が唄う曲は耳障りで好きじゃないな。
私はけっこうかっちりしているようで、どこか抜けているところがある。
まあ、人間かっちりし過ぎる潔癖さんだと、いろんなところの欠点ばかりが見えて、どうも世の中生き難いと思う。
逆にずぼらすぎると、それはそれで無神経だと思われるから注意はいる。
人生において、ほどよくスパイスを効かせる。それが一番いいことだろう。
どういうことかというと、愛嬌だけでなく生意気なところを見せるとか、そういう風にメリハリがなんとなくついている感じだろう。
こういうあり方だと、ストレスも少ない。
だいたい、人間の性格なんてすべてかっちりと定まるわけでもない。
私だって、かっちりしているのを見せることもあるし、それでも抜けてしまうところを見せることもありなんていう感じだ。
とかく、適当な感じでやれば何事もストレスはない。
私の持論だ。
今年発売された『零 濡鴉ノ巫女』のゲームの実況を見た。
その中にマヨイガという章がある。
マヨイガは迷い家と書き、それこそ『遠野物語』でも記載されている。
元は関東、東北の話らしい。
ともあれその家は幻であり、家に入ったら富をもたらすのだが、零ではそんなことなかった。
三津田信三の本にもこれはあり、結構有名な題材である。
こつ然とそういう家が目の前に現われたら非常に恐ろしいことだが興味深い。

家というと日本では憑く話がある。
小野不由美の本を読んで欲しいのだが、古い屋敷のいわくつきの木材を使った家に住んでいると憑かれる。
そんな話があったりする。
そういう穢れというものがまるで病気のようにうつっていく。
なんとも怖いじゃないか。
そういうの西洋にはないのかと思ったけど、映画で面白そうなやつでやっていた。
やっぱりそういうものなのですかね。
花間一壼酒
獨酌無相親
舉杯邀明月
對影成三人
月既不解飮
影徒隨我身
暫伴月將影
行樂須及春
我歌月徘徊
我舞影零亂
醒時同交歡
醉後各分散
永結無情遊
相期遥雲漢

李白のお酒の詩は美しいと思う。
無類の酒好きではあったが、季節を楽しみながらの酒は格別だったろう。
この間、「おとな旅、あるき旅」で三田村邦彦が舟の上で酒を飲みながら、水郷を見て楽しんでいたがそれ以上に李白は楽しんでいたに違いない。
私の中で、月を眺めるときに飲むお酒はそれこそ透き通っているものだというイメージがある。
そこで、春なら桜の花びらを浮かべるのでもいいし、せっかくだから月をお酒に映してもいいかもしれない。
とにかく、夜に月でお酒を舟に乗りながらというのが絵になるのだ。
残念なことに、舟遊びもお酒も飲めてないが、もうすぐ紅葉の時期だから、そういうものも良さそうだなって思っています。(寒いけど)
何も内容を考えていません。
まあ、そういう試みもたまにすると面白いものです。
連想数珠つなぎのように、話が繋がっていく様が好きで私はおしゃべりしているといっても過言ではありません。

11月となり、受験生にとっては模試という山場を迎えますね。
私も受験生をやっていたことがありますが、結果がついてこないと勉強のモチベーションはなかなか上がりませんね。
そうなると、人間の性質としてついつい楽な方へと流れがちです。
まるで温度の法則に従うがごとく。
でも、積み上げなければ成績は向上しませんし、一度でもサボリ癖がつくとなかなかと治りにくいです。
勉強はもちろん、楽しくやった方がいいです。
そういうとき、どうすればいいのかというと、長時間ずっとやり続けることはしないことですね。
1時間やったら、外の空気を吸うとかストレッチするとかして、緊張とリラックスを交互に行うのがベターでしょう。
勉強していると肩周りが凝りますが、そういうときに肩甲骨を動かすことで緊張性の頭痛もおきませんし、なにより身体をいたわりながら受験生をすることもだいじではあります。
受験生というと、数学では微分積分では多くが計算することだけに特化しているという話を聞きます。
しかしながら、私のお師匠さんも言っていますが、微分や積分は確固とした定義やらの意味を理解しなければなりません。
ときどきそれもわからず、微分不可能区間で微分したりするということもあるようです。
私はこういう本を高校のとき読みました。

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微分積分はそれこそ、天体の運動を知るための大事なツールとなりました。
しかし、ここから数学の世界も広がったわけです。
ただの計算という風に見ないで、是非とも数学の奥深さの一端を味わって欲しいですね。

ヘイトスピーチは取り上げるものではない。
『在特会』の人らはの発言、論理にはいささかまともな人間がすることとは思えないものがある。
そして、そういう発言をするということには、基本的には裏があり、それはある意味弱点でもある。
人間はどこかしら傷をもっており、それに対する付き合い方がさまざまで、それ故にそういうことを平気でやれる人もいるのであろう。
ただし、それは真っ当なことではなく、さらには視野狭窄となるゆえ、本来ならば間違えたと思うことも、都合良く書き換えられる。
つまりは、過ちを過ちとみなせない。
そうなると困ったもので、他者を排斥することを厭わなくなる。
そして、そういう中国、韓国に対して嫌悪を抱き、日本人は素晴らしいと考える人も現われる。
がしかし、中国だとか韓国だとか日本だとかで、人格が決定されるわけではない。
もちろん、国家の影響は大きいものではあるが、真にまともな人物は国家の影響とかないし、自由気侭である。
それこそ、荘子のように。
とかく、何かを単に嫌悪する、敵を作るというプロセスは恐ろしく安易で、思考を停止させやすい。
だけども、人間の関係は複雑で、どうしたって思い悩むことはあるし、善悪をつけることが困難なことも多い。
そうなると、結局納得、腑に落ちるまで議論し尽くすしかない。
そうして悩むからこそ人生であり、逆にいい歳した大人が排他的だとすると、それこそ成長していないと思われる。
おそらく、あの会長も成長していないのだろう。
だけども、そういう人についていこうと考える人もいるから不思議だ。
不思議過ぎて私には理解できない。
プロフィール

水妖の音楽

Author:水妖の音楽
京都大好き大学生。
2009年 天文学会参加
2013年 サマーチャレンジ  
2015年 夏の学校
現在天文学を勉強中の大学院生
主にあわぎゃらくしーをやっていますが、銀河とつけばなんでも面白がります。
思想の根本は荘子であるため誰かしらに与することはしません。
身体論、哲学の類いの話も好きです。
趣味は読書とクラシックと絵画をみること山登り。
籘真千歳先生のファンです。
SFが特に好きです。森見登美彦さんも好きでサイン本を持つほど。ライトノベルは半分の月がのぼる空。ホラーなら玩具修理者。
クラシックはアリシア・デ・ラローチャやバーンスタイン、佐渡裕、カツァリス等が好み。
絵はマグリットやら、ルドン、川瀬巴水、ドミニク・アングル

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