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価値観というのは人それぞれで、その差異というのは重要である。
しかしながら、差異というのは所謂区別や差別にも繋がる。
はたまた権威主義やら自己保身といった名誉を求めることにもなる。
そして、価値観の最大の特徴は何よりもあるものを2つに分割するものだ。
ところが、視点を変えてみると価値は人それぞれなのだからある決まりきったものがあるわけではない。
そういう不定形なものであるのに、それが唯一であると思い上がることが多い。
そういうわけで、世の中というのはすごく面倒である。
本当は正しさというのはないのである。
あるのは、素朴な人間として、自然の中を生きる人間としてのあるがままである。
去年話題になったあの雪のお姫様の話は、私からすると全然あるがままではない。
あるがままというのは、自分の好きなようにやるということではない。
それは、もっと大きく人間として価値観のない、言葉のない世界である。
だから私からすると、あのあるがままというのは嘘くさいから好きじゃない。
ということを思うのもやはり自分が荘子の思想に感化されているからだろうか?
しかしそれはわからないし、こう書いたことでもそうでもないかもしれない。
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私はわりかし好き嫌いがある。
ただし、食べられないことはない場合が大半だ。
ともあれ、生で食べるということは非常に苦手だ。
トマトは特に駄目だ。
生でいくのはアウトである。
他には果物とベリー系。
わがままだと謂われたりするが、私の中では好き嫌いがあって当たり前だと思う。
それとどう付き合っていくかだ。
無理矢理食べるというのは人付き合いと似ている。
どうしても人間生理的に受け付けない人がいるけども、それと同じく食べられないというのは身体が受け付けない。嫌いなのに無理矢理食べるのは非常にストレスだ、寧ろ舌がまだ整っていないと思って見守って欲しい。
私は、人付き合いも無理矢理合わせるのは性に合わない。
寧ろ、なすがままである。
嫌なら自然と離れていく。
ストレスは無理矢理するから来るものだ。
だから、ゆっくり見守ろう。
あくせくしたって始まりませんよ。
エネルギーという問題は切っても切り話せない話題です。
LEDはある意味それを一部解決するものではありますが、雪国とかでは白熱電球がそれにとって変わられると不便であることもある。
それは何かというと白熱のエネルギーがムダになった時にでる熱だ。
ある意味熱のおかげでということもある。
文明が発展することはいいことだという固定観念はあるけども、果たしてそれはどうなのか。
退化することも悪いことじゃないと思う。
しかし、それは社会的に見るとそうではないらしい。
オルテガの本にはまっている。
オルテガの言葉はいたってシンプルだし、さらには状況を見極めどういう風な落としどころまで持っていけばいいのかを自覚している。
そして、大学の教養やらの話を読んでいると今とさほど状況は変わらない。
ただ、オルテガの言葉はやさしくはない。
今のおおよそ9割の学生はオルテガ風に言えば欺瞞の生だとか、だらしない生と言われるだろう。
つまり、己の欲望にただ只管忠実であり、己がなさなければならないという高貴な生ではないと言う。
これが意図するところもよく分かる。
すなわち、これが一般の人であり、大衆であり、社会を作る多数者なのだ。
そうなれば、いくらまともな人がユートピアを語ろうとも道徳的退廃をしている状況では何もできることはない。
だからこそ、多数派をまともな、いや高貴な生を持った大衆に育てることが大学の役目であるという。
私の言葉で書くと、大学は人生を(それも、ただおもしろいだけでなく、苦しみも楽しみもいろいろと体験する)自分で作っていけるような人を育てることと似ている。
まあ、そういう感じだ。
さらに読んでこれを昇華したい。
ブログを始めてそろそろ3年になる。
相変わらず本を読んでいるが、例のあれを続ける気力が全然湧かない。
それは、やっぱりやることが多いからかもしれない。
卒業研究も発表は終えたとはいえまだ3月ごろまで続けるし、さらには新しいところへの手続きだったり、発表やらがありその準備に追われている。
さらにはやりたい研究の勉強も進めなければならない。
ともあれ、1つ1つこなしていくしかない。
思えば、去年の今頃から院試を見越して東北大学の過去問を解き始めたのだった。
他の人からすれば、自分が受けるところ以外の過去問をやることはあまり意味がないと言うかもしれないが、それでもすごく勉強になった。
院試もいきなり深いプールを泳ぐようなことはしてはいけなくて、それこそそこそこの深さのところから泳ぐ練習をしないといけない。
私は物理だったが、それでも受けるところ次第で物理数学をやらなければならなかった。
さらに、他の大学というとそれなりにハンデがある場合もある。
加えて私が受けたのは宇宙物理学専攻だったが、同じ物理ということで物性系と同じ試験を受けることになり、そうなるとあまり触れたことのない問題が出たりして厄介だった。
そういう意味で、自分で勉強するというのしっかりできたかどうかというのが問われたと感じている。

ブログをやっていたときは、それこそ理論物理系はやらない工学のための物理だった。
それから必死で勉強し、自分が興味が持てないことでも一生懸命にやった。
それはある意味ムダに思うかもしれないけど、そういうムダをどれだけ積み重ねてきたかということが大事だろう。ある意味、工学と理学の世界を歩いたため、両者の考え方の違いに触れることができた。
私の先輩にあたる人が、成績では研究ができるかどうかは測れないということを書いていたことを考えるとそれは一理あると思うが、苦手なことでも興味ないことでもやるからにはしっかりとやろうと努力することが大事だと私は思う。自分の好きなことだけやればいいという考え方は、それこそオルテガのいう『高貴な生』に反する。
また、興味が持てないというのは大概が食わず嫌いなものだ。やらない限りはわからないし、寧ろ研究者としてやっていくなら、さまざまなことに触れることが大事だろう。

受領は倒れるところに土を掴む

貪欲なまでに何かをしようと思うことが科学者の思考である。
そして、常に懐疑主義であることも大事だ。
大学で学んだ研究姿勢とはこんな感じだ。
だから嫌いなトマトも食べて食わず嫌いを治そうと思ったが、残念なことに生は食べられない。
学問の方はわからないが、食わず嫌いな態度はやめようと思う。


Galaxy Formation and EvolutionGalaxy Formation and Evolution
(2010/05/20)
Houjun Mo、Frank van den Bosch 他

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大々的に発表されたSTAP細胞のあのことから1年近く経過していますね。
今でも取り上げられることはありますし、また考えさせられることはあります。
科学者といえども大きな発見にも誤りがあるのは当たり前です。
またデータをいじくることもあります。
物理で有名なミリカンの実験でも、仮説の正しさを示すためにあらかじめデータの一部をカウントしなかったことがあります。
では、そういう不正が疑われたときにやらなければならない態度はなんだったのでしょう?
私が思うに、それこそ今までやってきたことをすべて提示することでしょう。
証拠となるものは実験ノートとかにあります。
それが確認できるなら、まあ注意は問題はまた違ったと思います。
それと、組織の方も問題があったと思います。
今回の事件はすべてはO氏にあるという結論にはなりませんが、本来見逃してはいけないサインを組織も含めて注意を怠ったことが原因だと私は思います。
だから、あの事件に関与した人ら全員の責任であり、また日本の科学界において非常に不利な印象を与えたことについてもそれを払拭するように不断ない努力を必要とするでしょう。
ともあれ、これから研究者になる人はいろいろと肝に銘じないといけないかもしれません。
卒業発表を終えました。
指導教官に何度も、練習が足りないといわれ、どうしたら相手に伝わるのか苦心しながらやりました。
ともあれ、精力的に1年間見てもらったのはすごくありがたかったです。
私自身字も悪筆で、理解しててもうまく言葉にするのができないので、なんとか伝えようとしてもわからないよと言われました。
また私の悪い癖で、物事を考えているときに無意識のうちに手でいろんなことをし、それが結構五月蝿かった思われます。
それに関してはすごく申し訳ない気持ちでいっぱいです。
環境が変わるとはいえ、研究をすることには変わりなく、今後も苦労しながら考えていくことをしたいと思います。
おそらく見てないと思われますが、非常に研究室の方々には感謝しています。
ドクターも3年目になると、博士号を取れたら身の振り方というのは大事になってくる。
訊くところによると、大概海外でポスドクしたりして日本でポストが空くのを待ったり、そのまま海外で働く人もいる。とにかく修行としょうして何かをするのだ。
しかし、今回知り合いの方がすんなりと行き先が決まった。
それは、やはり見ている人は見ているということだ。
そういう自分になれるように精進したいし、また専門分野に閉じこもる人にはならないようにしないといけないと感じた。
アウトリーチというと、寺田寅彦だと思う。
20世紀からことごとく人々に、防災とか言ってきたのにその被害は科学が進歩しても防げない。
オルテガのいう大衆が、少数の善意から忠告する専門家の意見に対して、お前らの意見はわかるが、それを受け入れるかどうかは自由があるといわんばかりである。
それでも、自転車操業のように専門家はそういう人々に教えることは義務である。
去年は火山の予知のことでも問題になった。
地震などの天災にどう対処するべきか、減災という考え方は大事だと思う。
もしくは未然にリスクを減らすことが大事だ。
池内了のいう、予防措置原則である。
だけども、専門家の善意の声を無視する人がいる。
無視した結果、ここまでひどい災害になるのを防げたのが福島の原子力であり、結局のところあれは政府らの怠慢が引き起こした、人災かつ卑劣な犯罪に匹敵するものだと感じる。
人格権は決して蔑ろにしてはいけない。
人は石垣という言葉のとおり、国は人が資本である。
人を忘れたら、それはもう国ではない。
今度とあるところで科学倫理について話をしようかと思います。
まあ、そのアブストラクト的な感じで。
科学倫理というと堅苦しいですけど、科学者を目指す人らが考えるべき社会との関わりというと分かりやすいですかね?
去年はSTAP細胞の件もそうでしたし、東大の不正論文などの話も結構話題でした。
自分に関係する先生も少しその話をしてましたけど(その内容は若手研究者を潰すなという発言でしたけど、どうなのでしょうか?)、そもそもああいう事件を起こさないためにやらなければいけないこととは何だったのかということでしょう。
さらには、原子力や火山の噴火の予測といった災害に関しても科学が関わるのですが、そのスタンスというのは人によって異なります。
そこには社会がどうしても関わってくるわけです。
科学と社会の関わりは無視できない。それゆえ、引きこもって研究というようなことは現代では不可能です。
さらには、デュアルユースといった善い面も悪い面ももつ技術、ロボットやDNAの組み替えといった事柄もどういう風に考えるべきかは求められています。
そういったことを話すので、興味があったらお願いします。
関西学問分野研究会
紅楼夢。
この本に行き当たったのは湯川秀樹の本にあったからだ。
湯川秀樹はそうとうな本の虫であり、それこそいろんな物語を読んでいて造詣が深い。
さて、紅楼夢は上田秋成の頃ぐらいに出された物語である。
120ある話で最初の80までを曹雪芹が書き、残りを別の人が書いたとされる。
前半は賈の家の栄華を描き、それから没落していく話である。
漢詩に関してはいろいろと引き合いに出され、例えは李白や蘇軾などが書いた詩に似たようなものだとかが見られる。
何よりも、この本の主旨に近いのは道教であろう。
ところどころにそういうものを臭わせる節がある。
こういっては何だが、日本の源氏物語よりも遥かに面白い、中毒性のある読み物だ。
ただ、あまりにも長いので一回読むのでも3週間はかかった。(まあ、電車の往復の時間ぐらいしか読んでないからな)
大概、男の人はゲスである。
色情だとか、勝手に賭場を開いてお金がなくなったから姪を利用しようとしたり、清廉潔白過ぎて融通の利かないやつだったり。
逆に女性の方の心は繊細である。
ただ、繊細だけども運命に翻弄されて命を散らしたり、気が狂ってしまったりとある。
だけども、この小説は面白い。中国はこれを誇っていいくらいだ。
ただ、こういうのを読んでいると現代はまるで廃棄物で汚染された川のように濁っている。
そういうことからひよっこり厭世観を顔を出すのは今の時期困るのである。

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バレンタインというと2月14日だ。
そこで思い出すことは、高校ではその日は入試だということだ。
つまり、必然的にバレンタイン以外でチョコを交換することになる。
また私が高校生の時は異性に渡すよりも友チョコが流行だった。
だから、まあ貰ったことがない。
大学になると話は違うことになるが、それはさておいておく。
今年はそもそも土曜日である。
だけども、チョコはそもそも不要物である。
決して表立って渡さないようにである。
ここのところ注目を浴びている事柄はあれであろう。
私は、とにかく人を殺すことに非常に嫌悪を覚える。
しかしそれ以上にあの行為は、その人が人であることをやめる行為でしかない。
人をやめることはそれこそ言葉は悪いが畜生と変わらない。
そして、如何に厳格な法を教えを定めて正常のように振る舞っても、一度犯した罪は消えない。
そもそも、老子の話の中にそうやって法を定めることは悪政だとある。
思い返せば、中国の始皇帝の法による統治はどうだったか?
結局、彼が生きている間はなんとか保っていたようで、結局死んだ後は荒廃した。
血の付いた神輿をだれが喜んで担ぐのかという話になる。
それをもし担ぐのを躊躇わないならば、人であることをやめただけだ。
そのとき、ボノボよりも劣る。
1月は全然更新できませんでしたね。
卒業が関係するので、どうしても用事が立て込んでいるとなかなかブログに書ける内容が思いつかないですし、時間がない場合もあります。
久々の休日ということで、まあこれを書いているわけですけども取り立てて特別なことはなかったです。
いつも通り研究し、本読んで、家事を手伝ってという感じでしょうか。
本は紅楼夢を読んでいる最中です。
108回あって、いまちょうど11日目ですけども80回まで来ました。
まあ、分量が多いので仕方がないですね。
それにしても、雅な話でもあり下賎な話もあったりしたので、人生の絵巻物のようです。
残るは残りがすごく楽しみです。
プロフィール

水妖の音楽

Author:水妖の音楽
京都大好き大学生。
2009年 天文学会参加
2013年 サマーチャレンジ  
2015年 夏の学校
現在天文学を勉強中の大学院生
主にあわぎゃらくしーをやっていますが、銀河とつけばなんでも面白がります。
思想の根本は荘子であるため誰かしらに与することはしません。
身体論、哲学の類いの話も好きです。
趣味は読書とクラシックと絵画をみること山登り。
籘真千歳先生のファンです。
SFが特に好きです。森見登美彦さんも好きでサイン本を持つほど。ライトノベルは半分の月がのぼる空。ホラーなら玩具修理者。
クラシックはアリシア・デ・ラローチャやバーンスタイン、佐渡裕、カツァリス等が好み。
絵はマグリットやら、ルドン、川瀬巴水、ドミニク・アングル

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