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今年は大学が変わったことと、分野が大きく変わったことが大きい。
まあ、濃密な時間を過ごしたと思う。
研究する上で場所というのは大事で、周りが研究するぞという感じでなければ、やっぱり身が入らないと思う。
だから今いるところは刺激があって、やってやろうという気になる。
もちろん、意欲の塊のような人の足元にまだまだ及ばないが、着実に進歩していることは確かである。
いい傾向なのは、忙しくてTwitterであまりつぶやかないことだ。
Twitterに半分依存していたころよりかは、なかなかに考えることが多くて、呟く暇もない。
とうぜん、ブログもそれほど頻繁に更新しようという気もあまり起きない。
なにせ、今やっていることが楽しいのだ。
楽しいのに、時間ばかりは過ぎていく。
この楽しみが永遠に続けばいいのにと思うのだが…
ということでブログもぼちぼちぐらいにどうしてもなってしまう。
それでもこれだけ続いたと感心する日々である。
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ホラー小説、ホラー映画、ホラーゲームはなんと言うか怖いと分かっていても見るのを止められない。
その理由は自分でもよく分かっていなかった。
子どものころからいろいろと話を読むのが好きだったが、童話の中には怖い話もあった。いろいろと人生について考えさせるものもあったが、未だに強烈に覚えているのが『地獄のそうべえ』だろう。
まあ、しょうもない笑い話であるが、その後『陰陽師』を呼んだときに地獄の責め苦がどんなのかを知り、笑い話にしてたけども地獄というのはとてつもなく恐ろしいところなんだと思ったものである。
さらに、子どものころ学校の怪談というアニメがあって、それでずいぶんと怖い思いをしたし金曜日の映画でもスプラッタ系ホラーを放映していた頃だったから、恐怖というものについていろいろと考えることは多かった。
そこで一番怖いものはなにかというと、びっくりさせるものよりも、人間が持つ負の感情の方が怖いと思うようになった。
人間の方が怖い。それは自分が人間であるがゆえに、人間ならばという仮定を置いていたかもしれない。
しかし、人間ならばという仮定はそもそも意味の無い仮定で、人間だからこそ野蛮で、粗悪で、想像欠如なこともあり得るのだと言うことをホラーの話で感じる。
しかし矛盾することになるが、人間は理性的で、すばらしく、想像を羽ばたかせる可能性も持っている。
まるで暗闇と光のように、人間はどちらにもなれる可能性を秘めている。
私は無意識をどう扱うかで、悪にも善にもなれると思っている。
正義とは意識的であり、それ故に大半が無意識なのが人間であるのに、錯覚して過つのである。
ホラーはそういうことを考えさせてくれる、おもしろいものだ。
こんな変なことを書いているのもどうかとは思うけど、ホラー映画を9時ごろにまたやって欲しいものである。
なにせ哲学めいたことを考えちゃうのだから
リバプレートのサポーターが大阪の道頓堀に集まっている光景をテレビで見た。そこで日本の女性が取材を受けている最中に後ろから見知らぬ人からキスをされるというシーンがあった。
これは果たしてどうなのかと思う。そもそも道頓堀に集まることは良くとも、通行人の妨げになる行為は慎むべきである。
サッカーに対して関心がなく、ただだた家路を急いでいる人もいたりすることは間違いないのだがら。
しかし、学があれば容易に想像できることだと思う。
学がないというのは不幸なことである。もちろん、学があるということで不利益を被ることもある。一概に学が大事とは言えないが、学があるということは想像ができるということで、想像ができるならば単純にサッカーの試合に勝って浮かれている人たちもいれば、それに興味なくそこで生きている人もいるわけである。
何も喜ぶなと言いたいわけではない。
喜んでもいいが、それは果たして他人の迷惑にならないところでやっていたりしていますかということなのだ。
旅の恥はかき捨てというものの、やはり旅先では普通に生活をしている人がいて、そこの文化を大切にしている人などがいるものだ。
学がないとそういうことを何も考えずに、自分の知っているルールを通そうとする。
それだと旅先で軋轢を生むだけだ。
人間は互いに尊重できるはずの生き物だ。尊重できるかできないかは、やはり学として自分の知っているルール以外のルールが他にもたくさんあるということを知っていることだ。
私はそういう意味でちゃんと学をつけることをすべきだと思うのである。

この間学会の予稿を書き終えたのだが、この時期に発表やらセミナーがたてこみ、さらには研究もそれなりに進んでいたので非常に忙しかった。
ということでなかなかに記事を書くことが出来なかった。
とはいえあまり書けることも無く、それは充実した日々を過ごしたことの裏返しになる。
まあ、もう少し落ち着いたらいろいろと書こうかな。
人間いろいろと歳を取ってくると考えるもので、耄碌というのは悪いことではない気がする。
そもそも人生気を張り過ぎるのも疲れるし、人によっては真面目にやっている最中であっても、何も考えないでただぼーっとすることを欲する人もいる。
そういうぼーっとすることすらも惜しいと言って頑張れる人はたいそう素晴らしいし、まさに意識的にそうしているとするととてもじゃないけど真似できないと思う。
しかしながら、ぼーっとしているほうが私は考えがよく進む。
何も考えていないけどもおそらく脳味噌は整理してくれているのだろう。
考えるということは脳味噌でいろんなものを散らかしているようなもので、何もしていないときに分類とかやってくれているのだと思っている。
耄碌をしろというわけではなくて、耄碌したようにぼーっとすることも必要だと思う。
プロフィール

水妖の音楽

Author:水妖の音楽
京都大好き大学生。
2009年 天文学会参加
2013年 サマーチャレンジ  
2015年 夏の学校
現在天文学を勉強中の大学院生
主にあわぎゃらくしーをやっていますが、銀河とつけばなんでも面白がります。
思想の根本は荘子であるため誰かしらに与することはしません。
身体論、哲学の類いの話も好きです。
趣味は読書とクラシックと絵画をみること山登り。
籘真千歳先生のファンです。
SFが特に好きです。森見登美彦さんも好きでサイン本を持つほど。ライトノベルは半分の月がのぼる空。ホラーなら玩具修理者。
クラシックはアリシア・デ・ラローチャやバーンスタイン、佐渡裕、カツァリス等が好み。
絵はマグリットやら、ルドン、川瀬巴水、ドミニク・アングル

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