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付喪神といふもの

妖怪の類いというのは全然嫌いではない。なにしろ、地元は戦国の時も、明治になる前の時も、ここで死んでいった人達が眠るところでもあるからだ。よくよく、落ち武者の霊を見たという話は耳にしたものだ。
好きかと訊かれると返答に困る。小学生のころは全く学校の怪談は見れないものだったのだが、両親の荒療治というか、ホラー、スプラッタ映画を見てなんとなくなれてしまった。
また、幽霊というとしだれ桜の下に現われるといまだに思っているから、京都市内に出ても夜は絶対にその周りを歩かない。なんだかんだといっても京の都は恐ろしいところでもあるのだ。小野篁が地獄と行き来した場所。

話を変えて、付喪神。もののに取り憑く妖怪という風に描かれている。ものに心がないというのは当たり前だが、果たして本当だろうか?まさしくものには命がなくとも、心は宿っていると思う。それは生命としてのではない。これ以上ないくらい丁寧に扱えば、ものはそれ相応まで役立つ。それが、最近ものの心がなくなっているのではないのだろうか?精密機器はおよそ、こころというものに適さない。冷たいまでに、無機質だ。そういうものが蔓延る世界であるがゆえに、付喪神の居場所がなくなってきているのではないだろうか? これはすなわち、人とものとの関係の希薄。愛着というものがなくなりつつあるのかもしれない。

人形のように目のあるものは、やはり心がある。これはまやかしではない。科学的にありえないとしても、おかしくない。科学だって万能ではないからだ。何か分からないものがあるということだけで私的には安心する。だから、オカルトは嫌いではない。

妖怪というもの、もしかしたら人と人との繋がりを意識していたものかもしれない。社会の変化に対応しつつ妖怪は姿を変える。そのあり方は人の心。妖怪は人の心をうつす鏡だと思うと、なんだか面白いかもしれない。
つれづれなるままに書いてみたが、なんだか今日は要領を得ないな…。まあ、そういう日もあるか。
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プロフィール

水妖の音楽

Author:水妖の音楽
京都大好き大学生。
2009年 天文学会参加
2013年 サマーチャレンジ  
2015年 夏の学校
現在天文学を勉強中の大学院生
主にあわぎゃらくしーをやっていますが、銀河とつけばなんでも面白がります。
思想の根本は荘子であるため誰かしらに与することはしません。
身体論、哲学の類いの話も好きです。
趣味は読書とクラシックと絵画をみること山登り。
籘真千歳先生のファンです。
SFが特に好きです。森見登美彦さんも好きでサイン本を持つほど。ライトノベルは半分の月がのぼる空。ホラーなら玩具修理者。
クラシックはアリシア・デ・ラローチャやバーンスタイン、佐渡裕、カツァリス等が好み。
絵はマグリットやら、ルドン、川瀬巴水、ドミニク・アングル

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