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時間の定義

物理は世界を記述する学問である。それは過去の結果から未来がどうなるのかを想像するものだ。例えば、力学を取り上げてみよう。運動方程式を作り、加速度を時間積分して最終的にどの位置にあるかを求める。そこで必要なのは、初速度と初期位置である。これさえ与えられれば、その物体がどんな運動するのかを如実に表すことができる。これはまさしく過去から未来を予測していることに相当する。引いては統計力学の手法を使えば、数え切れないような量の粒子が織りなす現象を記述できる。これは簡単には圧力であったり、磁性体の内部の物理現象を理解するのに必要なことだ。
さて、その物理学はいろいろと根本的な問題を議論し続けている。最たるものが量子力学の「観測」に関する問題だ。そもそも論なのだが、波動関数とはなんなのだろうか?不思議と中に虚数iが含まれている。これは確かに極微の物理を記述するのに必要だが、世界は実在の世界である。そこに虚が入り込んでも我々はそれを感知することはできない。これは幽霊を信じているような気分になる。エヴェレットは「多世界解釈」というものをあげており、それに感化されたSFもいろいろとある。それらを読んできても、実感というものはわかない。これは個人の趣味になるのだが、たとえばホーキングだと極論的な主張をしていて、数学的に記述できればそれで万事OKらしい。(実存するかどうかは興味がないと言い換えるところか)
波動関数に話を戻すと、実際には決まっていないと考える説とアインシュタインの有名な言葉「神はサイコロを振らない」に代表されるように実際には波動関数は決まっているという話がある。この話はさらにはNowの話にも広げられる。
最近、佐藤文隆の本を読んでおりNowの問題というのが記載されていた。簡単にその問題を説明すると、我々がいま刻々と生きている今=Nowは物理学では理解することができないということである。今とは実存である。その実存を物理は根本的に記述できない。それがアインシュタインは非常に不満だったらしい。しかし、この今という刹那を考えるのは確かに難しい。今といってもすぐ過ぎ去ってしまうもので、今を実感しているといってもそれは過去になっている。ここらへん意識の連続というのも合わせて考える必要があるかもしれないが、とにもかくにも物理はまだまだ世界を記述できていないようである。そもそもnowとは何かすら危ういかもしれない。そう考えると、足元が崩れる感じがして途方もない気持ちになるが、逆に物理のこのわからなさがたまらないと思う気持ちもまた存在するのである。
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水妖の音楽

Author:水妖の音楽
京都大好き大学生。
2009年 天文学会参加
2013年 サマーチャレンジ  
2015年 夏の学校
現在天文学を勉強中の大学院生
主にあわぎゃらくしーをやっていますが、銀河とつけばなんでも面白がります。
思想の根本は荘子であるため誰かしらに与することはしません。
身体論、哲学の類いの話も好きです。
趣味は読書とクラシックと絵画をみること山登り。
籘真千歳先生のファンです。
SFが特に好きです。森見登美彦さんも好きでサイン本を持つほど。ライトノベルは半分の月がのぼる空。ホラーなら玩具修理者。
クラシックはアリシア・デ・ラローチャやバーンスタイン、佐渡裕、カツァリス等が好み。
絵はマグリットやら、ルドン、川瀬巴水、ドミニク・アングル

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